マカロン文庫10周年記念企画限定SS

限定SS:結城ひなた『双子ママになったら、エリート心臓外科医の最愛に包まれました』

『いつまでも変わらぬ愛を君に』

 また今日も静かに一日が始まろうとしている。
「柚(ゆず)希(き)、おはよう」
「蒼(あお)斗(と)さん、おはようございます。今、お味噌汁を温め直すのでお待ちくださいね」
「ありがとう」
 スーツ姿の彼がふんわりと笑い、ダイニングチェアーに腰を下ろす。そして、いつものルーチンである新聞を読み始めた。
 若い頃よりも多少、目尻の皺が濃くなったが、彼は相変わらずスタイルが良く、美しいという形容詞がよく似合う容貌をしている。
「母さん、おはよう」
 続いてダイニングにやってきたのは、息子の優(ゆう)斗(と)だ。
 彼も今や大学生。その容姿は若い頃の蒼斗さんそのもの。そして、しっかりと身だしなみを整え、時間に余裕を持って行動するところは、小さい頃から変わらない。彼は今、医学部に通っていて、将来は蒼斗さんのような心臓外科医になりたいと言っている。
「蒼(そう)汰(た)はまだ寝てるの?」
 テーブルに朝食を並べ終えた頃、優斗がチラッと腕時計を見ながらそう言う。蒼汰は優斗と違い、朝ギリギリまで寝ていたいタイプ。双子なのに、相変わらずふたりの性格は対照的だ。
それでもふたりとも医学の道に進みたいのは一致していて、蒼汰も優斗と同じ大学の医学部に通っているのだが、さぼり癖のある蒼汰を心配し、遅刻しないように毎朝はっぱをかけるのが優斗の役目なのだ。
「友だちのところに泊まるって昨日、連絡があったわ」
 私がそう伝えると、優斗は淡々と朝食を食べ始めた。
「友だちじゃなくて、彼女のところに泊まってるんじゃないの?」
 そう言って、制服姿であくびをしながら最後に現れたのは、娘の陽(ひ)菜(な)だ。彼女は、今年高校生になったばかり。
 K―ポップアイドルをこよなく愛す今どき女子で、肩甲骨あたりまである髪を緩く巻いていて、ファッションやトレンドにも敏感だ。陽菜は容姿が私似だとよく言われる。
「陽菜、少しスカートが短くないか?」
「え? このくらい普通だよ。パパ、厳しすぎ」
 陽菜はそう言うと、フォークでサラダを摘まみ出した。
「ねぇ、優(ゆう)兄(にい)、今日ね、文化祭の準備があるから、いつもより早く学校に行かなくちゃいけないの。だから、車で送ってくれない?」
「うん。いいよ」
 蒼斗さんも双子たちも陽菜を溺愛していて、彼女の掌の上で転がされている感じだ。それでも、本当にダメなことや間違っている時は、みんな陽菜に対してきちんと注意するので、私としては普段のやりとりについては口を出さず、温かく見守っている。

蒼斗さんと子供たちを送り出してから朝食の後片づけをし、部屋の掃除をした。
今日は仕事が休みなので、久しぶりに大学時代の友人とランチに行く予定だ。
子どもたちも大きくなり、ほとんど手がかからなくなってきた。
成長がうれしくもあり、また寂しくもある。
私自身もそろそろなにか新しい趣味を見つけて、第二の人生を謳歌しようか。
そんなことを考えながらワンピースに着替え、車で友人との待ち合わせ場所に向かった。
郊外の緑豊かなところにある、こぢんまりとしたレストラン。
このあたりで捕れた新鮮な野菜と魚を使った創作コース料理が人気で、いつも主婦層や若いカップルであふれている。
「柚希、こっちこっち」
 奥の窓側の席に座っていた友人の果(か)歩(ほ)がこちらに向かって手招きする。私も手を振り返しながら、目の前の席に腰を下ろした。
「久しぶりだね。元気だった?」
 果歩がメニュー表をこちらに向けながら微笑む。
「元気だよ。果歩は?」
「いつも子どもたちのわんぱくさに振り回されていて疲労困憊だよ。柚希もこの中を走り抜けてきたんだと思うと尊敬しかない」
 果歩が苦笑いを見せる。
 彼女は結婚が遅かったこともあり、三十代後半で出産したので、今、子育て真っ只中なのだ。しかも双子という。
 私自身も双子の母親であるが、二十代で蒼汰と優斗を育てるのも大変だったのに、四十代に突入したこの状況での双子育児は本当に体力的に大変だと思う。
「そっか、そっか。玲(れ)央(お)くんと里(り)依(い)紗(さ)ちゃん、今年五歳だっけ?」
「そうそう。とにかく喧嘩が酷くて、毎日怒ってばかりだよ。でも、なんだかんだやっぱりかわいいから、産んでよかったなって思ってる。それに旦那もいろいろ手伝ってくれるから、たまにこうやって私も息抜きできるしね」
 そう語る果歩は、幸せそうな顔をしている。
 果歩の旦那さんは、子育てにも積極的に参加してくれる人で、いつも彼女から惚気話を聞かされるのだが、旦那さんの話をするときの彼女は本当にうれしそうで、親友のそんな姿を見ていると、私も自然と頬が緩む。
「柚希のところは子育ても落ち着いたから、夫婦でいろいろ楽しめていいね。蒼斗さん、柚希命だから、ラブラブな毎日を過ごしているのが目に浮かぶなぁ」
 届いたばかりの料理を頬張りながら、果歩がにんまりと笑う。
「いやいや、そんなことはないよ」
「またそうやって謙遜しちゃって」
 果歩はそう言うけれど、正直、謙遜でもなんでもないのだ。
 夫婦仲はいい方だとは思うが、昔のように頻繁にデートをしたりはしていない。
 蒼斗さんは、ここ数年、お父様から引き継いだ病院の経営で忙しくしていて、深夜に帰ってくることもしばしば。そうなると、必然的に夫婦の営みも減るわけで。
 そういえば、最後に蒼斗さんとそういう行為をしたのはいつだっただろう。
 年齢を重ねれば、そういうこと自体少なくなってくるのだろうけれど、それとは別に私の女性的魅力が薄れてきているからそういう雰囲気にならないのだろうか。
 なんて変な方向に考えてしまうのは、きっと子育てが落ち着いて寂しいからなのかも。
 やっぱり新しい趣味を早く開拓しなくちゃ。
 そう思いながら、料理に手をつけ始めた。
 
 帰宅後、さっそくスマホで趣味検索を始めたところ、蒼斗さんから電話が入った。
 夕方の会議で使う書類を家の書斎に忘れてしまい取りに戻りたいのだけれども、このあとオペなどの予定があって病院を抜け出せそうにないらしい。可能であれば、書類を病院に届けてほしいとのことだった。
 今日はこのあと特に予定がないので、すぐに書類を持って病院に向かうことにした。
 蒼斗さんの秘書にそれを預け、一旦はそのまま帰ろうとしたのだが、病院の一階に新しくカフェが出来ていたので、少しそこで休憩することにした。
 カウンター席に座り、中庭の緑を見つめる。急に懐かしさが込み上げてきて、ふと笑みが零れた。
 昔、この病院で蒼斗さんと再会しなかったら、今の生活はなかったんだよね。
 そう思うと、今、家族五人、みな健やかに過ごせていることに感謝しなきゃ。
 つい今しがた届いたばかりのホットモカを口にしながら、そんなことを考えていたそのとき。
「ねぇねぇ、今日の鳴(なる)宮(みや)院長、いつも以上に色気がだだ漏れじゃなかった?」
「それ分かる~! 結婚していても、あの色気にやられて惚れちゃうよね」
 え?
鳴宮院長って、蒼斗さんのことだよね?
 この病院のスタッフとみられる、若い女性たちが近くの席で思わぬ話をし始めたので、自然と耳をそば立ててしまう。
「そういえば、最近、受付に入った有(あり)村(むら)さん、院長にめちゃくちゃアピールしてない? 有村さんみたいな若くて綺麗な女性に迫られたら、男性的にはうれしいんじゃないかなぁ」
 そんなことを聞かされ、とてもじゃないが平静ではいられない。
 思わず手に持つホットモカのカップを落としそうになるくらいに動揺していた。
 彼女たちが言っていたように、蒼斗さんの美しさと色気は今も健在。むしろ年を重ねるほどに魅力が増している、そんな気がしている。
たまに陽菜の授業参観に夫婦揃って顔を出すことがあるが、周りの奥様方たちが蒼斗さんのことをイケメンだと言って、うっとりしながら見ていたりもするくらいだ。
 その一方で、私はどうだろう。
 確実におばさん化しているように思える。
 若くて綺麗な女性には、到底勝てる気がしない。
 もしも、今、蒼斗さんに魅力的な女性がグイグイ言い寄ってきたら……。
 蒼斗さんは誠実な人だから、私を裏切るようなことはしないと思うけれども。
 妙な焦りを感じ、なぜか胸が苦しくなる。
一気に残りのホットモカを飲み干すと、私は逃げるようにカフェを出た。

 それから一週間ほど経ったが、病院スタッフの話が頭から消えることはなくてずっとモヤモヤしていた。
 それでも家族の前ではそんな自分を見せたくはない。
 仕事が終わり車で自宅に戻ると、一度深呼吸してから玄関のドアを開けた。
 すると、玄関に珍しく全員の靴があって驚く。
 今日はみんな帰宅が早かったらしい。
「ただいま」
 リビングに向かうと、四人でダイニングテーブルを囲み、なにやら楽しげに話していた。
 だけど、私の姿に気づくと、なぜか陽菜がハッとしたような表情を浮かべ、手元にあるノートを閉じたので、これはどうしたものかと首を傾げながらそちらに向かう。
「柚希、おかえり」
 最初に声をかけてきたのは、蒼斗さんだ。
「今日はお帰りが早かったんですね。みんなでなにを話していたんですか?」
「ん? 別に他愛もない話だよ。それよりも、母さん、腹減ってない? 母さんが好きなリュリュカフェのカレーをテイクアウトしてきたから、みんなで食べよう」
 蒼汰が話に割り込んできて私の肩に手を置き、座るようにと言ってくる。
「……あ、うん。分かった」
 なんだか話をはぐらかされてしまったような気もするが。
 そんなことよりも、久々に家族揃ってご飯を食べられるということがうれしくて、意識はすぐにそっちに持っていかれた。

「おにいちゃんたち、文化祭来てくれる?」
「うん、僕は行くよ」
「俺はバイト次第だな」
「優兄は優しいのに、蒼兄は最近、陽菜に冷たい気がする」
 陽菜が唇を尖らせると、蒼汰は「そんなことないよ。今度、陽菜が好きなパンケーキを一緒に食べに行こう」と言って、陽菜の頭を撫でた。
 そんな兄妹の会話に耳を傾けながら美味しいカレーを頬張っていると、隣から視線を感じ、自然とそちらを向く。
「蒼斗さん、どうかしました?」
 すぐに彼と目が合った。
「いつも柚希に家のことを任せっきりだから、たまにはふたりで温泉にでも行ってゆっくりしてこないか?」
「え?」
 まさかの提案にスプーンを持っていた手が止まる。
 うれしい誘いだけれども、子どもたちのご飯とか。蒼斗さんの仕事のこととか。
 いろんな懸念が頭を過って、「行きたい」と即答できずにいる。
「いいじゃん。久々にふたりで過ごしてきなよ」
 蒼汰がそう言ったのを皮切りに、優斗と陽菜も笑顔で首を縦に振ってくれている。
子どもたちが賛成してくれるなら……。
「じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらおうかな」
 私はそう言って、頬を綻ばせた。

 ***

 旅行当日は快晴。
 朝早く柚希とふたり、車で家を出た。
 実はテイクアウトのカレーを食べたあの日、柚希が帰ってくる前、子供たちに「柚希とふたりで旅行に行ってきていいか」と相談していたのだ。
三人ともひとつ返事でそれを了承してくれ、温かく送り出してくれた。
「寒くないか?」
「大丈夫です」
 助手席に座る柚希がふんわりと微笑みながらそう言う。
「草津に行くのは久しぶりだから、すごく楽しみです。草津温泉って浸かった翌日、本当に肌がすべすべになるので、前回、それに感動して自宅用に温泉の素を買って帰った覚えがあります」
「そうなのか」
 ここ最近の彼女はどこか元気がなく、難しそうな顔をしてなにか考え込んでいることが多かったので、こんなふうに饒舌な姿を見られてほっとする。
 ここ数年、俺も仕事の忙しさにかまけて、家のことや子どもたちのことを柚希に任せっぱなしだったので、今回の旅行はお詫びの気持ちもあったりする。なにより彼女を楽しませたいし、夫婦水入らずで楽しい時間が過ごせればいいなと思っている。

 旅館についてチェックインを済ませてから、旅館の目の前に広がる湯畑に向かった。
「うわぁ……」
「すごい迫力だな」
 ツンとした硫黄の香りが鼻を掠めた。
温泉街の中央に位置する湯畑は、草津温泉のシンボルだ。そこからはすごい勢いで温泉が湧き出て湯けむりを舞い上げていて、その様子をたくさんの観光客たちが動画に収めている。
俺たちも湯畑をじっくりと鑑賞し、記念撮影をしたあと、石畳を渡って食べ歩きを始めた。
「外側がカリッとしていて、すごく美味しい。黒糖の甘味がいいですね」
 柚希は、あげまんじゅうを頬張りながらご満悦な様子。
「こっちの温泉プリンも食べてみるか?」
 彼女の口元にスプーンですくったプリンを差し出すと、柚希は頬を緩めながらそれを口にした。
「こっちも美味しい。ああ、なんだか幸せ」
 こんな姿を見ていると、恋人同士だった頃のことを思い出し、心が温かくなっていく。
 やっぱり柚希と過ごす時間は尊くて特別だ。
 彼女にはやはり、笑顔がよく似合う。
 この笑顔をずっと守っていきたい。
 改めてそう強く思いながら、かわいらしい妻の姿を見つめていた。

 ***

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
 食べ歩きを終えてから旅館に戻り、部屋で夕飯を堪能した。その後、部屋にある源泉かけ流しの温泉に浸かったり、まさに至福の時を過ごしている。
「昼間とは違って、夜の湯畑は幻想的だな」
 お風呂を済ませ、客間の窓際の椅子に座り眼下の景色を眺めていると、蒼斗さんがそう言ってきた。
 ライトアップされた湯畑は、彼が言うようにとても幻想的。
 その姿を目に焼きつけながら、今日一日の出来事を振り返っていた。
 どの場面を切り取っても、自然と笑みが零れる。
 忙しいなか、旅行に誘ってくれた蒼斗さんには感謝してもしきれない。
 最近は、病院で聞いたあの件で少し気持ちがざわついて落ち込んでいたが、今日改めて彼の優しさや気遣いに触れ、彼の妻になれたことを幸せに感じている。
「なぁ、柚希? なんだかここ最近、元気がなかったように見えたんだが、なにかあったのか?」
 ふいにそんな言葉が降ってきて、ハッと我に返った。
 どこか心配そうな瞳に捉われ、頭に過ったのは、もちろん〝あの件〟だ。
 家族の前では普通にしていたつもりだったけれど、勘が鋭い蒼斗さんは私の様子がおかしいことに気づいていたようだ。
「その件ならもういいんです。大丈夫です」
 慌ててそう返答したけれど、蒼斗さんは不満げな様子。
「ダメだ。ちゃんと話してくれ」
 蒼斗さんが私の手を引いた。そのまま彼の膝の上に座らせられる形になり、わたわたする。
「教えて、柚希……」
 きっと私が答えるまで、彼は解放してくれないだろう。
 蒼斗さんはそういうところがあるから。
「……蒼斗さんがすごくモテるから、不安になったんです」
「え?」
 彼は意外と言わんばかりに目を丸くする。
 結局、私は病院での件を包み隠さず話した。
 彼はその間、相槌を聞きながらずっと聞いてくれていた。
「不安にさせて悪かった。でも、俺の目には柚希しか見えてないから安心して」
 彼が私の頭を撫でながらそう言う。
「そう言われても、蒼斗さんは勝手にモテるから……」
 きっとこの先もヤキモキしそうな気がする。
「この際だから言うけど、俺も最近、気が気じゃなかったよ」
「気が気じゃなかった?」
 いったいなにに?
 首を傾げながら、彼を見つめる。
「柚希を仕事場に迎えに行ったとき、茶房で仁紀くんと陽菜が、『柚希が男性客に口説かれていた』って話をしているのを偶然聞いて。柚希は俺の妻なのにって、嫉妬した」
「そうだったんですか? なんだか意外です」
 蒼斗さんはクールだから、そういう感情とは無縁だと思っていた。
「俺だって嫉妬するよ。柚希を誰よりも愛してるから、ずっと独り占めしていたいじゃないか」
 こんなふうに真っ直ぐに思いを伝えられてうれしくないはずがない。
 彼も私と同じ思いを抱いていたことを知り、また私のことを特別に思っていてくれることを再認識して、自然と胸のモヤモヤと不安が消えていくのが分かる。
「その気持ちがすごくうれしいです」
「俺がどんなに柚希のことを愛しているか、今から分からせてやる」
 次の瞬間、蒼斗さんが私の口を深く塞いだ。
 トクトクと心臓が高鳴り出したのは、この先の展開を期待してしまっているから。
 オレンジ色のテーブルライトに照らされた寝室に辿り着くと、ふたつあるうちの片方のベッドに誘い込まれた。
 私の上に覆いかぶさる蒼斗さんが情熱的な瞳を向けてくる。
「これからはたまにこうやってふたりきりで出かけよう」
 頷くと、再び唇を塞がれた。
 歯茎をなぞられ、舌を搦め取られ。濃厚なキスを交わすうちに着ていた浴衣は、体から跡形もなく消えていた。
「柚希、綺麗だ」
「あっ、ふぅんっ……」
 直に肌を合わせるうちに、彼が胸の辺りに顔を埋めた。
 やわやわと揉みながら指の腹で蕾の先端をこねる愛撫は、私に鮮烈な快感を与えてくる。
 久しぶりだからか、すごく体が敏感だ。
「ああっ、蒼斗さんっ……ひゃあっ……あああ、あんっ……」
 そのうちに彼の指先が足の間に滑り込んできて、蜜口の中をゆっくりとかき回し始めた。
 あまりの快感に、もはや喘ぎが止まらない。
「乱れてる柚希、最高にかわいいよ。たまらないな」
 耳元でそう囁かれ耳たぶを甘噛みされれば、ゾクッとした。
 もっともっと触れてほしい。
 ドロドロに溶けてしまうほどに。
「蒼斗さんがもっと、欲しいの」
 欲望のままにおねだりすると、彼は目じりを下げ満足げに笑った。
「いいよ。柚希がもう無理って言っても、止めてやらないから。お望み通り今からたっぷり啼かせてやる」
 そう言って彼は、私の上で勢いよく動き出した。
 
 翌日、夕方近くに家に戻った。
 玄関で「ただいま」と言ったものの誰からも反応がなく、部屋の中はシーンと静まり返っている。
 玄関に子供たちの靴はあったけど、二階の各自の部屋で過ごしているのだろうか。
 そんなふうに思いながら、リビングのドアを開けたそのとき。
「ママお誕生日おめでとう」
「母さん、誕生日おめでとう」
 弾んだ声が次々に届き、クラッカーが鳴らされたことに驚いてビクッと体を震わせた。
 目を見開きながら回りを見渡すと、楽しげに微笑むこどもたちの姿がある。
「父さんとの前夜祭は楽しめた?」
 クスッと笑いながら優斗が聞いてくる。
「母さんが好きなウニのパスタを作ってみたんだ。食べてくれる?」
「陽菜も、蒼兄の料理の手伝いをしたんだよ」
 テーブルの上には、料理が所狭しと並んでいて、その中央に苺のホールケーキがあった。
 二十代の頃と比べ、この年になると自分の誕生日をあまり重要視しなくなっていたので、今日が自分の誕生日であることをすっかり忘れていた。
だから、家族からのこれはまさにサプライズで胸が熱くなる。
「驚いた?」
 陽菜がクスッと笑いながら、私の顔を覗き込んでくる。
「びっくりしたし、料理まで作ってくれて感激したよ。本当にありがとう」
 子供たちの顔を見つめながらそう伝えると、三人ともうれしそうに微笑んだ。
「サプライズ成功だな。柚希、改めておめでとう」
 蒼斗さんの声が聞こえそちらを向くと、そこには優しいまなざしがある。
 どうやらこのサプライズ計画のことを、彼は知っていたみたいだ。
「蒼斗さん、知ってたんですね」
「ああ。みんなでカレーを食べた日、柚希が帰ってくる前に四人で作戦会議したから」
「え? そうだったんですか?」
 それを聞き、あのときの陽菜や蒼汰の言動の意味が理解できた。
「あとでみんなからママにプレゼントがあるけど、まずは料理が冷めないうちに食べよ」
 促されダイニングの方に向かうと、陽菜がなぜか私の顔をじっと見つめてくる。
「どうかした?」
 目を瞬かせながら尋ねると、なぜか陽菜がニヤリと笑った。
「ママ、今日、めちゃくちゃ肌艶がいいんですけど~。あ、これはきっと、昨日パパと熱い夜を過ごしたおかげかな」
 娘の鋭い突っ込みに、思わず頬を上気させながら目を泳がせる。
「陽菜~、あんまり母さんをいじめるなよ」
「父さんと母さんは何歳になっても、本当に仲がいいなぁ。普段クールな父さんが、母さんの前ではいつも腑抜けた顔して笑っているんだから。本当に母さんにべた惚れだよね」
 蒼汰と優斗の言葉に蒼斗さんがフッと笑って、私の腰元に手を置き自分の方へと引き寄せた。
「そりゃあ、柚希のことを心から愛してるからな。柚希以上の女性なんて、世界中のどこを探してもいないよ」
 堂々と愛を宣言してくれる情熱的な王子様と、素直で愛らしい子供たち。
そんな彼らと歩むこの時間は、何物にも代えがたい宝物だ。
 この温かく尊い日々は、これからもずっと続いていくのだろう。
途切れることなく、ずっと、ずっと永遠に。

<終>
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