すべての花へそして君へ①
大暴投を彼には投げちゃダメ
それはもう、「言うまで逃がしません」と言われているようだった。
空いていたはずの手は、さっさと目の前の彼に囚われた。完全に逃げ場を失ってしまった。……「なんざんしょ」とか言ってる場合じゃなかった。
「……。正直、言うと……」
「はい」
握られている指先が緩んだかと思ったら、彼はわたしの手を撫で始めた。驚いて、体が小さく跳ねる。
「っ、れ、れんくん……」
「続けて? あおいさん」
視線は手悪さをしている指先に落ちていた。ただ、見えた口元はやさしかった。
「な、内緒、ね……?」
「はい。もちろん」
「な、内緒……」
「はい。わかってますよ」
とか言いつつ、今度は腕まで上がってきて、つーっと撫でてくる。
「な、何もしないって……」
「触ってるだけです。言ったでしょう? これ以上はって」
触れる以上のことってなんですかっ!? しかも、いつの間にかそこはかとなく優艶な空気を纏っているんですけど彼。最近色気みんな出し過ぎじゃない!? やめてやめて。ただでさえぶきっちょさんに困ってるのに。
「……正直言うと、惹かれたってことを言うなら、わたしはみんなに惹かれてた」
ひとつ咳払いして伝えると、彼の手がぴたりと止まった。
「みんなそれぞれかっこいい一面もあるし、かわいい一面もある。ちょっと弱気なところとか、守ってあげたいなって、そんなこと思っちゃってたもん」
今こんなこと言うのは卑怯かも知れないけど、わたしは、みんなに惹かれてたよと。……こう言って逃げることこそ、卑怯だろう。彼が求めている答えではない。それはもちろんわかってる。
(……でも、それを言ってしまったら)
そんなことを考えていたせいか、彼の手が首元まで来ていたのに気が付かなかった。
「んっ……、れ、れんくん……!」
その指先がくすぐったくて、流石に非難の声を上げるものの。彼はやめずに、そのまま両手を頬へと持ってくる。
「オレは、そんな返事が聞きたかったわけじゃないです」
「……。いひゃい」
レンくんにまで、頬を抓まれてしまった。……いつか絶対に伸びきって変な顔になる自信がある。
「聞き方が悪かったですね。すみませんでしたね」
「り。りぇんきゅん……」
「はあ。……あおいさん、これは申し訳ないですが、オレはバッターボックスにすら立ちませんよ?」
「……?」
立ったとしても、絶対三振なんかしてあげません、と。
すっと頬から手を外したかと思ったら、やさしく添えてきたレンくんの手は、お風呂上がりのはずなのにひんやりしていて……。……気持ちがよかった。
「痛かった、ですか?」
申し訳なさそうに聞いてくる彼に、小さく笑ったあと首を振る。
「そっか。……よかった」
「……れん、くん?」
「いいですかあおいさん。そんな大暴投を続けるなら、オレはデットボールでも出塁しますよ」
「え……?」
「それは今、思ってても言わないことです。それに今、そうやって逃げることはしてはいけません」
「……。はい」
それを言ってしまって、何かが変わることを怖がった、わたしが悪い。ダメなことはダメなんだと。ハッキリ言ってくれるレンくんが今は、すごく大人に見えた。