すべての花へそして君へ①

二兎を追う者はなんとやら。


「つっかま~えた!」

「――っ!?」


 かなり本気で走っていたのに、彼女は難なくおれに飛びついてきた。


「あ、あーちゃん……」


 軽い彼女が飛び乗ってきたところで、倒れることはなく。おれは、彼女を難なく受け止める。背中でだけど。


「もう。なんで逃げるの? 二人して」

「だって怖かったんだもん。あーちゃん知らないでしょ。ほんとに食べられちゃうかと思うくらい怖い目してたよ」

「マジですか」


 というのは半分本気で半分冗談。怖い目はしてなかったけど、振ってる手が異常なほど速かった。駆けてくるスピードが尋常じゃなかった。笑顔がなんか怖かった。


「……じゅるっ」


 ちょっと涎出てるし▼


「あーちゃん。よだれ……」

「おっと。ごめんごめん」


 彼女はテンション高めでそれを慌てて拭いてたけれど、おれはそんな気分にはなれなかった。今、あーちゃんと二人っきりになるのは、……嫌だな。


「(……逃げられちゃったのは、そのせい、かな。やっぱり)」

「……あーちゃん?」


 何かをつらそうに零した彼女の顔には、一瞬だけ影が差していた。けどすぐにパチンッと頬を叩き、彼女はこちらへにっこり笑いかけてくる。


「オウリくん? あのね」


 言いかけたところを、そっと手で止めた。彼女が言おうとしていることはわかってた。でも今は、ちょっと、まともに顔が見られないから、俯いたまま。


「おうり、くん……?」


 不安げな声に、そっと手を重ねる。……その手はもう、冷たくなかった。


「あーちゃんが好きなのは、ひーくん」

「……おうりくん」


 その手を少しだけ、握る。口から、言い聞かせている言葉以外のことを、言ってしまわないように。


「……おれさ。何となく、こうなるんじゃないかなって思ってたんだ」

「え?」


 ぎゅっと。今度は少し強めに。じゃないと、本当に。……言いたくないことまで言ってしまいそうだった。


「……言ったでしょ? ひーくんは、何よりも誰よりも、あーちゃんが大事なんだって」


 それは、彼女が彼を無視していた時のこと。あまりにも酷い態度に、おれが彼女に話したこと。


「別に、ひーくんと前に会ってたからってわけじゃないと思う」

「……」

「ひーくんのいいとこ、たくさん知ってるもん。悪いとこもだけど」


 ……やっぱだめだ。言わないでおこうって、思ってたのにっ。


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