すべての花へそして君へ①

 トンと肩を押されて、またまたベッドへ横にされる。広がるあたしの髪を、彼は愛おしそうに目を細めて梳いていた。
 そんな彼の眼鏡を、そっと外す。不精髭が生えているものの、そこから端正な目鼻立ちと、ちょっと幼さが残っている彼の顔が現れる。
 それがそっと近づいてきて、二度三度、啄むようなキスをする。それは、合図だ。
 指が絡められ、ベッドに縫い付けられる。深くなっていく口付けを、あたしはただ受け入れていた。


「……あ。そうだ、菊ちゃん」

「は? ……お前、今何してんのかわかってんの」


 だって、わからないんだ。どうしてあんなことを言ったのか。


「ごめんごめん。でも、なんであっちゃんにあんなこと言ったの?」


 雑用係なんて。しかも菊ちゃんのだし。いつもなら嫌がりそうなあっちゃんも、なんでか嬉しそうな顔をして承諾してたし……。


「……ああいう奴には、『何かをしてあげてる』って思わせるのが一番いいんだよ」

「え?」


 ため息をついた彼は、体を起こしながらそう言ってきた。あたしも続いて体を起こし、首を傾げる。


「あいつもわかってんだよ。オレらが謝罪も礼も求めてないってこと。ちゃんと、わかってんだ。でも、ありゃしばらくはずっと言うぞ。……わかってても、言っちまうんだよ」

「……うん。それで?」

「願いみたいなもんだ。気休め。……しばらくは様子見だな。大丈夫そうならやめるよ」

「……そっか」

「オレも楽になるしな。ちょうどよく手が増えて有り難い」

「菊ちゃんも素直じゃないとこあるよね」


 そんな彼にクスッと笑いが漏れる。彼も、彼女のことが大事なんだと思ってくれていて、すごく嬉しかった。
 あたしはまだ、小さかったからよく覚えていない。でも、きっと彼の父が亡くなった時は大変だったのだろう。


「菊ちゃんのそういうとこ、やっぱり好きだな」


 それでも今、こうやって彼は立派に大きくなりました。これからもずっと、あたしが見ていてあげようと思います。この……デリカシーのない、わかりにくいやさしさを持ってる彼のこと。


「……オレも。キサしかいらない」


 またまたベッドに戻ってしまった。今度は荒々しいから、きっとご機嫌斜めなんだろう。
 ……彼女を好きなみんなは、もう大丈夫なのか。心配は、しなくていいのか。


「キサ」


 深く深く繋がるキスに、呼吸までもが奪われる。
 彼のやさしい雑用も、彼女の気が済むその時まで、何度だって頼むんだろう。きっと、……しょうもない雑用を。


「だから、お前はオレのことだけ考えてればいいんだよ」


 大人かと思えば、ちょっと子どものような、そんな彼の。取り敢えず今は、お相手をしてあげようと思います。


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