すべての花へそして君へ①
しょうがないから貸したげる
「さてと。先生はー……っと」
部屋を出てすぐツン猫にもメールを送り終わったオレは、彼女がいそうな場所を捜し歩いていた。そう言いつつダラダラ歩いていただけだから、全然見当たらないまま、結構時間が過ぎたけど。
「……あ」
「「あ」」
どうやら、向こうもダラダラ歩いていたらしい。そういえば、オウリはトイレで目を冷やしてたんだっけ。こいつらと一緒にいないってことは、もう部屋にでも帰ったかな。
「……あ。俺そういえば明日一限から授業なんだった。悪い。俺先寝るな」
そう言った奴は、一緒にトイレから出てきた奴の頭をポンと叩いたあと、オレの方に向かって歩いてきた。
「……メール。送ったんだろ、あいつに」
「トーマ……」
「さっきこそっと聞いた。まあでも、俺がこいつと一緒だったのは、葵ちゃんに頼まれたからだけどな」
「え」
「……猫が、寂しくて泣いてるかも知れないから、ってさ」
「……そっか」
それじゃあなと。オレの頭もポンと叩いたトーマの足取りは軽く、全然寝る気はないんだなって。まあそうだろうなって、思った。
「それで? 何番借りに来たの?」
「いらねーよ。んなもん」
鼻声。大泣きした証拠だ。声も少し掠れてる。……泣いた、か。
「だいたいよう、借りられる範囲が狭すぎるんだっつの」
「じゃあ、選んだのは④番か。ま、だろうと思ってたけど。チカのことだし」
「……そうかよ」
……元気、ないね。
オレがあいつのことでグジグジしてた時。……チカはいつだって強くて、オレなんかよりもかっこよくて。そういうところは、やっぱり少し羨ましい。今でも、きっと、これからも。
でも、今逆の立場になって、あいつはオレを選んで。……元気のないチカに、なんて声をかけていいのかわからなくて。
(多分チカには、一番上手く言ってやれない)
その分、オレがこいつを頼りにしてた時があったから。かっこいい言葉を、オレはこいつみたいに言えないから。
「つーかなんだよ。①番デコピンだろ? お前のデコピン痛えから絶対嫌なんだよ」
「オレのデコピンは、今窮極技まで進化してるからね」
「②番は目潰しだろ。んなもん誰が食らいてーんだ。ふざけんなよ」
「チカに拒否権はないよ。選ばなかったんだから、強制的に全部を執行するけど」
「待て待て待て! ④番選んだだろうが!!」
「①~③の中からじゃなかったからダメに決まってるじゃん。まあ一番殺傷能力が低いのは③番だよね」
「……普通①番だろ」
だから、どうしてもやっぱりいつも通りになってしまう。チカが、いつも通りに努めようとするから……。オレも、どうしてもそれに、チカに合わせてしまって。
「チカ」
泣き虫のチカは、いつも声を上げて泣いていて。だから、泣く時は声を出せばいいと。それを誰かが拾って、チカのそばにいてやってくれればいいと。……そう思っていたけれど。
「あー。流石にオレもちょっと寝みいわ。オレは、なんとしてでもデコピンからは逃げるからなっ!!」
でもトーマは、その声を拾ってこいつのそばにいたんじゃない。声に出せって、言ったのに。何、チカのくせに我慢して……泣いてんだよ。
「ったく。もうちょっと貸してくれる範囲考えろよな」
「それじゃあ。おやすみ」と。オレの横を通り過ぎるチカの前へ、③番の代わりに足を突き出した。