すべての花へそして君へ②
けれどすぐに青信号に変わり、後ろからクラクションを鳴らされてしまった。
「……頼むから、一言くらい言ってくれ」
「すみません」
クシャリ……悔しそうに髪を掴みながらため息を落とす彼を横目に、わたしはひとつ、バレないように息を吐いた。
「まあ、それはまた今度。本当に家庭訪問したときにでも」と、車を走らせたキク先生は、最短ルートから道を外した。
「今からはキク先生のお悩み相談室の時間だ」
「うわー。頼りなさそー」
「ハッキリ言うな」
細い団地道に入り、とろとろとのんびり、彼は車を走らせる。どうやら彼がわたしを迎えに来たのは、これが本命らしい。
「どうした。何に悩んでる。困ってる」
そして、とうとう彼は団地の角に車を止めた。
「……キサちゃんは」
「知ってるのは、オレとお前さんと、拉致現場を目撃した百合の奴ら三人だけだな」
「話の内容を知ってるのはオレらだけ。あいつにも言うつもりは毛頭ないよ」そう言って、小さなペットボトルをほいっと放り投げてくる。
「……ふふ。それって、もし知ったらキサちゃんヤキモチ妬きません?」
「妬きゃあしねえよ」
ぽんぽんと、頭を撫でてくる大きな手が。手の平から伝わる、ホットレモネードが。すごくやさしくて……あたたかかった。
「……先生」
「ん?」
ふと横を見上げれば、彼は一瞬目を見開いて、またやさしく頭を撫でてくれる。どうやら、相当顔に出てしまっているらしい。
「わたしのことより自分の方先にどうにかしないといけないんじゃないですか」
「言いにくいからって話逸らすな」
「違います。これは……多分、ちょっと恥ずかしいんです」
「ほう」
「……そんでもって、腹立ってるんです。キク先生なんかにって」
「……ほう?」
ああ、ダメだ。今完全に先生モードに入ってるから、打っても全然響かない。
「……。どうすればいいのか、わからないんです」
「そんな不安にさせてくる彼氏ならやめちまえ」
「まだ何も言ってなーいっ!」
開始早々そんなこと言ってくるもんだから、飛びかかって技の一つや二つかけてやろうかと思った。
「でもそうだろ?」
「そうじゃないです。……けど」
「けど?」
「……そうです」
「よくできました」