すべての花へそして君へ②

 でも、ぽんぽんと。撫でてくる手がやっぱりやさしくて。……そんなこと、できるわけなかった。キク先生っていうのが癪だけど。


「こういう関係になって、何を隠す必要がある」

「……なったからこそ、なんですかね」

「何を。どうして」

「……先生は、何か隠してることってありますか」

「………………ねえな」

「いや、今の間はあるでしょ」

「今は、オレ個人の隠し事じゃねえからな」


 ふっと笑ってすぐ、「あ」と何かを思い出したらしい彼をじーっと見ていると、窓枠に頬杖を突きながらわたしの視線からそそくさと逃げた。どうやら疚しいことがあるらしい。


「せーんせ」

「仕事が多忙で、あいつと会える時間が減ったんだ」

「ええ、そうでしょうよ。だからキサちゃんは」

「だから、いい機会だと思った」

「……えっ」


 窓ガラスに映る彼は、ただじっと瞳を閉じていた。


「それは、隠し事……だな。恐らく」


 何かを、堪えるように。


「……どうして」

「……ん?」


 思いの外頼りなく出てしまった声に、先生の瞳がやさしい声と一緒に戻ってくる。やっぱり、大きな手も戻ってきた。


「……どうして。何が、いい機会なんですか」


 これは……きっと、彼女の寂しさが同調したんだ。鼻の奥がつんと痛いのも、溢れてきそうな涙も、全部……ぜんぶ。
 だから、これはわたしの涙じゃない。


「オレが、あいつに依存しないため。情けない話だけどな」

「えっ……?」


 けれど、思ってもみなかった言葉に、驚いて出かかっていたものがひゅっと引っ込んでしまった。どういう、意味……?


「んー……強いて言うなら、慣らすため」

「な、らす……」

「なあ、朝日向」


 聞き覚えのある言葉に、名前を呼ばれて思わずビクリと肩を震わせる。けれど、それには見て見ぬ振りをしてくれるのか。彼は少し寂しそうに、ポツリポツリと話し始めた。


「本当にさ、オレでいいのかね」

「……えっ」

「ふとしたときにな、自信がなくなるんだ」


 学校で楽しそうに笑ってるあいつを見て……思うんだ。もっと他に、いい奴いるんじゃねえのかなってさ。


「今まではただ年が離れてるから、公にはできない関係だから、そんなことを思うんじゃないかって。そう思ってた」


 もちろん、それもゼロじゃない。でも、それがすべてじゃない。


「きく、せんせい……」

「それに気が付いたのは、駆けずり回って進路関係の資料を集めてるときだったんだ」


 あいつのこの先を、可能性を、他でもないオレが、狭めてるんじゃないかって。

 不安や寂しさが、静寂を静かに伝ってくる。彼は彼なりに、年上として男として、きっと悩んでいたのだろう。今も、悩んでいるのだろう。
 だからまだ、託けて彼女のところへ行かないんだ。……行け、ないんだ。


「でも、だからってなんで、先生が勝手にそうだと決めるんですか。キサちゃん本人から言われたわけでもないのに」


< 356 / 519 >

この作品をシェア

pagetop