誰にでも優しいくせに、私だけに本気なんてズルい– 遊び人エリートのくせに、溺愛が止まらない –
私は書類を手にしたまま、きっぱりと首を振った。

「私が通したところで、監査で弾かれたら意味がありません」

一条君は肩をすくめて笑うけど、その瞳がじっと私を見つめていた。

すると、私の目の前で――一人の男性が一条さんの隣に現れた。

「これ、経費で落としていいよ」

やけに甘く、低くて耳に残る声だった。

見上げると、その男は軽く笑いながら私に視線を向けていた。

整った顔立ちに、自信に満ちた物腰。

……見たことがある。広告部の部長、桐生隼人。

「いえ、それは……私の一存では決めかねます」

咄嗟に答えると、彼は肩をすくめて言った。

「経理の部長には、俺から言っておく」

そのまま後ろの金庫を開け、申請書もなしに現金を取り出し、一条さんに手渡した。

「でも、今回までにしておけよ?」

片目を細めながら笑うその姿に、私は息を呑んだ。
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