誰にでも優しいくせに、私だけに本気なんてズルい– 遊び人エリートのくせに、溺愛が止まらない –
「ありがとうございます、桐生部長」

一条さんは深く頭を下げ、当然のように立ち去った。

私は呆然とその光景を見ていた。

……これが、噂に聞く“桐生隼人”のやり方。

堂々とルールをねじ曲げるのに、誰も逆らえない。

二人が去ったあと、ふぅ、とため息をついていると、隣の席の上林さんが顔を近づけてきた。

「また桐生部長、申請書も出さずに現金渡してたね」

声をひそめつつも、呆れたように笑っている。

「……それで実際に通るんだから、仕方ないですよね」

私も苦笑いを返しながら、帳簿の入力に戻る。

何度見ても、理屈が通らない。

桐生隼人。広告部の部長で、華やかな顔立ちに、軽やかな所作。

社内で知らない人はいない有名人。

その甘ったるいマスクと、気まぐれな優しさで、何人もの女性を泣かせてきたとも言われている。
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