誰にでも優しいくせに、私だけに本気なんてズルい– 遊び人エリートのくせに、溺愛が止まらない –
からかうように言ってやったけど、内心はちょっとだけモヤモヤしていた。

“私だけじゃない”のかもしれない、なんて考えてしまう自分がいやだった。

でも次の瞬間、部長がそっと私の方へ体を寄せ、耳元で低く囁いた。

「……紗英だけよ。」

その一言に、息が止まりそうになった。

鼓膜に触れるような距離と声。

ふざけているようで、どこか本気の響きを含んでいた。

胸の奥が、じんわりと熱を帯びていく。

(……ずるい。こんな言い方、反則だ)

言葉が出てこなくて、私はただ黙ってエレベーターの扉が閉まるのを見つめていた。

私だけ——。

その一言が、頭の中で何度も繰り返されていた。

エレベーターの扉が静かに開いて、桐生部長は何事もなかったように降りていく。

その後ろ姿を、つい目で追ってしまう。






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