偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
――誰が見ても、穏やかでささやかな幸せの時間。
けれど、月鈴の胸の奥には、昨日から一つの“ざわめき”があった。
(……陛下は、昨日、わたしの髪に……触れた)
仮面の皇帝は、確かに言った。
「春の風のようだ」と。
あの、感情を見せない人が。
言葉を選ばず、指先で頬をなぞったあの人が――。
(本当に、あれは……何だったのかしら)
心の内で何度も問いかけても、答えは出なかった。
ただ、頬に残る感触が、夜ごと淡く熱を帯びるのだった。