偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
数日後の午後、月鈴は静月宮の外へ出ていた。
皇太后の誕辰に向けた献花図を届けに、花庭の温室を訪れていたのだ。
侍女の紅玉は別の用で離れており、月鈴は温室の奥でひとり、蓮の鉢を眺めていた。
「……この花、翠緑にもありました。けれど、少しだけ色が違う」
思い出すのは、故国の池。
薄青に色づいた蓮は冷たくも美しかったが、この地の花は濃く、艶やかだ。そんなふうに考えに耽っていた――そのときだった。
「そなたは、ここで何をしている?」
背後から低い声がした。
「!」
思わず振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。
黒衣の文官姿。だがその姿勢は貴族のそれ、鋭く整った目元と長身、そしてなにより――どこか見覚えのある空気。