偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー



「……申し訳ありません。献花の打合せにまいりましたが、道に迷い、少し……」

「……そうか」


 男は少しだけ口元を緩めた。


「名は?」

「月鈴と申します。静月宮の者です」


 言うと、男の瞳が一瞬、明確に揺れた。

 だがすぐに、抑え込むように視線を逸らす。


「静月宮。あの……十五妃、か」

「……はい。ご存知なのですね」

「……少し、な」

 その声音は、まるで何かを押し殺すようだった。


 (……誰なの、この人)


 仮面のないその姿は、皇帝とはまるで異なる。
 けれど、不思議な既視感があった。仮面の皇帝が発する“緊張感”に似た、けれどそれより生身で、熱を帯びた何か。



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