偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
夜更け、紫遥は書斎に戻っていた。
その手には、月鈴が温室で書いていた献花図案がある。
(字まで、覚えてしまいそうだ)
ゆるやかな筆致、真面目な性格がにじむ構成。
生真面目で、けれどどこか幼さの残る文面。
愛しい、とさえ思った。
仮面の下でしか会えない女。
しかし、たった一度、仮面なしで声を交わしたことで、その距離が急速に縮まっていく。
それは幻想に過ぎぬとわかっていながら――
「……俺は、あの女を“欲して”いるのか」
そう呟いた声は、もはや否定ではなく、認識だった。