偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー




 夜更け、紫遥は書斎に戻っていた。

 その手には、月鈴が温室で書いていた献花図案がある。


(字まで、覚えてしまいそうだ)


 ゆるやかな筆致、真面目な性格がにじむ構成。
 生真面目で、けれどどこか幼さの残る文面。

 愛しい、とさえ思った。

 仮面の下でしか会えない女。
 しかし、たった一度、仮面なしで声を交わしたことで、その距離が急速に縮まっていく。

 それは幻想に過ぎぬとわかっていながら――


「……俺は、あの女を“欲して”いるのか」


 そう呟いた声は、もはや否定ではなく、認識だった。



< 16 / 100 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop