偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
月鈴の頬に、紫遥の指先がそっと触れていた。
風が吹けば揺れるほど軽やかで、けれど確かに熱を持ったその手。
しばらく、ふたりは沈黙していた。
「……そなたは、よく笑うな」
低い声で紫遥が言った。
「え……そうでしょうか?」
「最初に会ったときも、蓮を見ながら笑っていた」
「笑っていた……でしょうか……。あのときは、少しだけ、懐かしかったのです。翠緑では池が近くて、蓮の花が咲くと、母が毎朝それを摘みに行っていたから……」
「母君は……もう?」
「はい。病でした。でも、あの蓮の香りが残っていて……だから、笑ったのかもしれません」
紫遥は、その語り口に心を打たれていた。
静かで、優しくて、どこか遠くを見つめるような目。
目の前にいるはずなのに、どこか“届かない”と感じる距離感。
その隔たりを埋めたいと、思ってしまう。
それが、自分の手では埋まらないということに……苛立ちさえ感じるほどに。