偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
一方そのころ。
東殿の御医館にて、数ヶ月ぶりに本物の皇帝・紫嶺が目を覚ました。
「……どうなっている。なぜ、私の部屋ではないのだ」
枕元に控えていた老宦官が頭を下げる。
「陛下……お加減が悪く、紫遥殿下が御身代わりを……」
「紫遥が? 私の代わりに……?」
その言葉を聞いて、紫嶺の目に鋭い光が宿った。
「後宮は……荒れてはおるまいな」
「はっ。現在のところは安定しております。ただ……十五妃様が、静月宮にて……」
「十五妃……? 翠緑の姫か。ふん……あの女が何か?」
「いえ、紫遥殿下が――その妃様のもとへ、頻繁に通われているとの報が……」
「…………」
一瞬だけ沈黙するが、次の瞬間、紫嶺の口元に笑みが浮かんだ。
「ふむ。弟が女に溺れているとは……面白い。あいつが、か」
だがその笑みの奥には、何か別の色があった。
紫嶺は、静かに立ち上がった。
「ならば……私の“帰還”を知られるわけにはいかぬな。少しばかり、様子を見させてもらおう」