偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
けれど、あの月鈴という少女は、決して何も追及しない。
ただ静かに、慎ましく、自分の立場をわきまえたふりをしている。
(……わきまえてなどいない。あれは、自分の生き方を貫いている)
それがどれほど難しいことか、紫遥は知っていた。
帝国の皇弟――表面上は栄誉ある地位のようで、実際には皇帝の「保険」として、常に警戒と監視のもとに置かれる存在だ。
紫遥は、兄・紫嶺(しれい)の“病”をきっかけに、己の立場をすり替えるよう命じられた。
――帝位を護るためだと。
――兄の威信を保つためだと。
(そのくせ、兄は戻る気などさらさらない)
心臓の病に伏したはずの兄は、密かに南の離宮に籠もり、女官と酒と詩に耽っていると噂されている。だが紫遥はそれを知っても、何も言えなかった。
その代わりに、自ら仮面をつけ、兄の代わりに帝として政を司り、妃たちの前に立つ日々。
その生活のなかで、たった一人だけ――仮面の奥の「自分」を見透かすような目をする妃がいた。
それが、月鈴だった。