偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
「……初めまして、十五妃」
その言葉の響きに、月鈴ははっとした。
(やはり、これまで静月宮に通っていたのは――)
そう気づいたときにはもう遅く。
紫嶺の背後に続く官女たちが、部屋の中にずかずかと入り込んできた。
まるで、“罪を暴く”ような空気だった。
紫嶺の視線は、月鈴を値踏みするように見下ろしていた。
「弟が、女に溺れるなどとは思ってもみなかった」
「…………」
「仮面で正体を偽り、兄の名を騙り、後宮に足繁く通い詰めた挙句、妃を籠絡するとは――」
紫嶺の声はあくまで冷ややかだったが、その背後に燃える嫉妬と怒りは隠せなかった。
「よほど、いい女だったのだろうな。……異国の姫よ」
月鈴の唇が、かすかに震えた。
「私が、紫遥様に懐いたのは……私の意思です。紫遥様は、誰かを欺こうとしたのではなく……」
「黙れ」
低く、皇帝の声が振り下ろされた。
「妃風情が、帝の前で意見を述べるとは――やはり、野蛮な異国の女よ」
その瞬間、皇帝は月鈴に近づくと顔を上げさせ両頬を手で掴み強制的に自分を見るようにする。
「よく見れば、美しいな。異国の姫よ。今宵は、我が相手をしよう」
皇帝は月鈴の結われている髪を解く。
すると扉の奥で、足音が鳴った。
――紫遥だった。
彼は、仮面を外した素顔のまま、堂々と中へ踏み込んだ。
「……兄上。よくもそこまで、好き放題に語ってくださったな」