偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
「紫遥……貴様、ここに何の用だ?」
「用? 俺はこの女を守るためにここに来た」
紫遥の目には、恐れもためらいもなかった。
「兄上が病に伏していたあいだ、後宮を乱さぬようにと、俺が仮面をつけた。……その事実は、兄上もお認めになるはずだ」
「それが今や、私の妃を寝取っていたというのか」
「“俺の妃”だ」
紫遥はきっぱりと言った。
「紫嶺陛下ではなく、紫遥として――俺は月鈴を愛している。そして彼女も、俺を選んだ」
場が凍りついた。
女官たちも言葉を失い、月鈴でさえ、震えるまま紫遥を見つめていた。
(そんな……はっきりと、兄上の前で……)
だが、紫遥は一歩も引かなかった。
「兄上。俺は、すべての責任を負う覚悟だ。月鈴を妃の位から外すなら、俺も皇族の名を捨てよう」
「……ふざけるな」
紫嶺の怒声が、部屋に響き渡った。
「すべてを捨てて、女ひとりを守るとでも言うのか」
「そうだ」
紫遥は、堂々とそう答えた。
「たとえこの命を失っても、月鈴を“罪人”にはさせない」