偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
紫嶺は、しばし黙った。
そしてやがて、背後の官女たちに命じた。
「……下がれ。しばし、二人きりで話す」
「はっ」
官女たちが退くのを確認して、紫嶺は再び紫遥に向き直った。
「お前は、何もかも捨てるつもりか。王座も、名誉も」
「必要ない。俺が望むのは――この手に触れる、この温もりだけだ」
紫遥の手が、月鈴の指をそっと握った。
「俺は、おまえを一生手放さない。……月鈴、今ここで、約束する」
「……っ」
「もし、俺と共に行くと言ってくれるなら――この後宮を出よう。二人で、新しい場所へ」
涙があふれた。
月鈴の目から、ぽろぽろと。
紫遥の仮面は、もうなかった。
あるのは、彼の素顔。彼の真心。
「……はい。どこへでも、行きます」