偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
旅の道中、二人は砂原の村へ辿り着いた。
雨乞いの儀式が近いというその地では、男も女も祭衣に身を包み、精霊へ祈りを捧げていた。
紫遥は腰の短剣を鞘に収め、月鈴を灯りに導く。
「ここは……静かな土地ですね」
「昔、幼いころに似た村を訪れたことがあるんだ。儀式の光と歌が、印象深くて──」
月鈴は砂を踏みしめながら、仄かに笑った。
「……あなたにも、幼期だった過去があるのですね」
紫遥が微笑むと、村の子供が走り寄ってきた。
「おにいさん、お姫様が来たよ!」
無邪気な声に、月鈴は小さく笑い、燭台のそばに座る。
遊びたがる子供を、紫遥はにこやかにあやし――
その光景を見て、月鈴の胸が温かくなる。
(穢れのない笑顔。それだけで、救われてる気がする)