偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
宿に入って間もなく、一人の旅商人が紫遥を訪ねてきた。
名乗りは「蒼き獅子《シエン・ラン》」──
その目には懐かしさと敵意と、奇妙な感情が交差していた。
「十年前、私が命を拾ったのは……“お前”の助言だった」
「……覚えている。辺境で行き倒れた青年兵……」
「今、私はこの街の“裏”をまとめている。恩は忘れぬ。だが、恩義でこの街の安全を渡す気はない」
そう言って、蒼き獅子は続けた。
「今、この地に“皇帝の密命”を受けた者が潜伏している。お前の首を狙っているとな」
「……やはり来たか」
「逃げるか、戦うか。選べ。だが、女の命は……お前次第だ」
紫遥の目が、一瞬、燃えるような色に変わった。
「俺は、彼女を誰にも傷つけさせない。たとえ“兄”が差し向けた刺客であっても――」
蒼き獅子が去ったあと、月鈴は静かに告げた。
「私も……一緒に戦います」
紫遥は驚いたように目を見開いた。
「おまえは……剣も、術も持たぬ身だ」
「それでも。逃げ続けるだけでは、いつかあなたを失ってしまう気がするのです。私は、共に立ちたいのです」
その強さと儚さに、紫遥の胸が熱を帯びた。
「……ありがとう。月鈴。おまえは……いつだって俺の覚悟を超えてくる」
月鈴は微笑みながら、彼の胸に顔を埋めた。その日、ふたりは初めて“共にある契約”を結んだ。