偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー

第5話『裏切りの月、断たれる運命』




赤光郊外――砂原を抜けて辿り着いた、月香の丘の野営地。
 淡い朝の光が草原を照らす頃、突如空気が凍りついた。

 突如、芽吹いた静けさを破る声。


「こいつが、奴らの首魁……か?」


 武装した兵影が数名、茂みから飛び出してきた。
 紫遥は瞬時に月鈴を庇おうとしたが、その胸に鮮やかな紅い布切れが突き刺さった。


「――っ!」
 

 月鈴はその痛みを振り払いながら、涙を浮かべた。

 突如現れた扇情的な香と匂い、混乱する視界と、誰かの荒い息。
 そのすべてが、朝の穏やかさを粉々に砕いていた。


 銃声が響き、仕掛けられていた罠が爆発した。
 紫遥が駆け寄って見ると――そこには「蒼き獅子」の影があった。


「なんで……?」


 紫遥はその名を叫んだ。


「裏切られた……?」


 蒼き獅子は剣を収め、ゆっくりと紫遥に背を向けた。


「すまなかった、弟よ。お前をずっと恩人と仰いでいたが、皇帝からの要請には勝てなかった」


「紫嶺?」紫遥は目で確認する。


「そうだ。お前を追う刺客は……全て皇帝直属のものだ」

 それを聞いた紫遥の体が震えた。

 激しい閃光の後、月鈴は目を覚ました。
 知らぬ場所の薄暗い部屋。手足を縛られ、咄嗟に紫遥を探すけれど、そこには誰もいなかった。

 静寂の中で聞こえてくるのは、彼女の乱れた呼吸だけ。
 そこへ、薄闇の中から低い声。


「美しいな……十五妃殿下」


 声の主はついに顔を合わせた。それは蒼き獅子の仮面の下の素顔。


「どうして……?」

「皇帝は、貴様らを……利用するだけだった」

 その言葉が、冷たく響いた。

 月鈴の姿を失った紫遥は、草原を駆ける。
 咄嗟に胸が引き裂かれるような痛み。その奥底で――狂おしいほどに燃える意志が生まれる。


(――彼女を、絶対に取り戻す)


 そして、掴んだのは、月鈴との契りの指先。

 彼の瞳には、かつて見た“仮面の皇帝”の色はなく、ただ“紫遥”だけがいた。



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