偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
月香の丘を離れ、紫遥はただ一人、馬を駆けさせていた。
胸中を渦巻くのは怒りでも絶望でもない、研ぎ澄まされた執念――
「月鈴、おまえを……俺が、絶対に取り戻す」
手綱を握る手が、白くなるほど強く締まる。
額に浮かぶ汗は、焦りではなく決意の証。
赤光の裏路地へ向かう。そこに、蒼き獅子《シエン・ラン》の拠点があると知っていた。
信じていた男の裏切りなど、どうでもよかった。
今、紫遥の全ては、ただ月鈴を取り戻すためにあった。
一方、月鈴は薄暗い部屋に囚われていた。
両手には細い銀の鎖。脚にも重い枷。
逃げようと思えば、音が鳴るよう細工された“拘束の部屋”。
壁に貼られた札。術封じの印。
まるで妖か何かでも扱うような――そんな異様な牢だった。
そこへ、再び蒼き獅子が現れる。
「そろそろ……口を割ってくれてもいい頃だ。紫遥の行き先を教えてくれ」
「……教えません。あなたがどれだけ私を縛っても、私の“信じる心”までは縛れません」
「……ほう」
冷たい目が月鈴を見据える。だがその瞳には、ほんの一瞬だけ迷いの色が宿っていた。