偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
赤光の旧倉庫街。
紫遥は夜陰に紛れてその一角へと潜入していた。
裏通りにひっそり建つ三階建ての石造りの建物。
蒼き獅子の根城――月鈴が囚われている場所。
「すでに包囲は始まっている」
紫遥は息を殺しながら、背中の短剣を確認する。
目指すは最上階。
そこに、彼女がいる。そう直感していた。
途中、敵の見張りを無音で倒し、紫遥は扉を蹴破った。
「――シエン!」
紫遥の叫びに、蒼き獅子が振り返る。
その手には、拷問用の器具。
ただし、それを月鈴に使う前に――踏みとどまっていた。
「来たか……遅いんだよ」
「これ以上、月鈴に手を出すなら、お前を“友”とは呼ばない」
紫遥の目が、冷え切った鋼のように蒼く光る。
「そのつもりで来たさ。だが一つだけ、問わせろ」
「……何をだ」
「本当に“彼女”を愛しているのか。命を懸けてまで、あの女と生きようとするのか?」