偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
「……お願いです、もうやめてください! 紫遥様を殺さないで!」
「黙れ。おまえは、“娼妃”にすらなりきれぬ、異国の傀儡」
その言葉に、月鈴の目が見開かれた。
だが、彼女は口元を震わせ、なおも叫んだ。
「私は傀儡なんかじゃありません! 私は、紫遥様を――愛しています!」
沈黙。
その瞬間、紫嶺の顔に、かすかな苦悶が走った。
「……やはり、そうか。おまえが“選ばれた”のは偶然ではなかった」
紫遥が静かに答える。
「姉上――紫苑姉上は、最後に遺言を残していた。“後宮の呪いを断つのは、異国より来たる花嫁と、その伴侶”と」
「馬鹿げた……そんな言葉を、まだ信じているのか?」
「信じている。なぜなら、俺がこの命を捧げてもいいと思った“相手”が……その異国の姫だったからだ」
紫遥は、月鈴の手をしっかりと握った。
「俺の“真の名”は、紫鏡《しきょう》。紫家の隠された次代の名。皇位継承権を剥奪された、元・正胤」
紫嶺が目を見開く。
「なに……?」
「おまえが握り潰したはずの、もうひとつの“皇”。俺は……今ここに、命で名乗る」
紫遥――いや、紫鏡のその言葉が、すべてを変えた。