偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー




 数日後、市場を訪れた月鈴は、手織りの布地や刺繍の腕前を見せる機会を得た。

 翠耀の町工房には、華やかな東方の装飾品が並び、それらに寄せられる商人や貴婦人の関心は強かった。


「お嬢さんの刺繍は、どこで学んだの?」

「異国の宮廷で仕えていたものです」


 そう答えた月鈴に、見知らぬ女性が近づいた。


「あなたの刺繍は特別ね。ずっと見ていたわけではないけれど、目を奪われる美しさ」

「そんな……」


 月鈴は照れながら答えた。

 だがその夜、菜園前の小屋には注文品が何枚も届き――二人の新生活は“好調”の幕開けを迎えた。


 しかし、その夜――紫鏡の夢を影が割った。

 黒服の密偵が“翠耀にいる紫 зерк (mirror) と月鈴”の存在を報告していたのだ。

 目覚めた紫鏡は、冷たい汗とともに覚悟を固めた。


「……兄上が、また動けばいい。俺たちは、逃げるつもりはない」

 その決意には、深い信念が宿っていた。




< 72 / 100 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop