偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
数日後、市場を訪れた月鈴は、手織りの布地や刺繍の腕前を見せる機会を得た。
翠耀の町工房には、華やかな東方の装飾品が並び、それらに寄せられる商人や貴婦人の関心は強かった。
「お嬢さんの刺繍は、どこで学んだの?」
「異国の宮廷で仕えていたものです」
そう答えた月鈴に、見知らぬ女性が近づいた。
「あなたの刺繍は特別ね。ずっと見ていたわけではないけれど、目を奪われる美しさ」
「そんな……」
月鈴は照れながら答えた。
だがその夜、菜園前の小屋には注文品が何枚も届き――二人の新生活は“好調”の幕開けを迎えた。
しかし、その夜――紫鏡の夢を影が割った。
黒服の密偵が“翠耀にいる紫 зерк (mirror) と月鈴”の存在を報告していたのだ。
目覚めた紫鏡は、冷たい汗とともに覚悟を固めた。
「……兄上が、また動けばいい。俺たちは、逃げるつもりはない」
その決意には、深い信念が宿っていた。