偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー


 紫耀の春。
 木々が萌え、花が咲き誇る中で、月鈴の腹部は少しずつ、だが確かにふくらみを増していった。

 館では妃たちが交代で月鈴の身の回りを世話していた。
 黎芳、麗蓮、そしてかつて月鈴を遠巻きにしていた菖華(しょうか)までが、自然に彼女のそばに寄り添っている。


「このお茶、つわりに効くのよ。私も昔、飲んでいたわ」

「そんな……ありがとうございます」

「“妃の中の妃”が、私たちに感謝するなんて。おかしいわね」


 笑い合う声が、館の庭に響いた。

 彼女たちはかつて、同じ男の寵を争い、同じ後宮で生きてきた。

 今はただ一人の妃――月鈴を中心に、ひとつの“家族”のような輪が生まれつつあった。

 月鈴の妊娠は、決して順調なばかりではなかった。

 夜中に起きる腹の張り。突然の吐き気。手足の浮腫み。

 紫鏡は毎晩、月鈴のそばに寝て、何度も体をさすり、吐瀉物を拭き、薬草を調合しながら彼女を支え続けた。


「……ごめんなさい。こんな私で……」

「謝るな。月鈴、お前は“命”をくれてるんだ。……俺には、それ以上のものはない」


 ある夜、彼女が眠ったあと。
 紫鏡は縁側に一人腰を下ろし、手を組んだ。


「――どうか、この命が無事に生まれますように」

 彼は、生まれて初めて“誰かに祈った”。

 ある日、黎芳が月鈴の編んでいた産着を見て、そっと糸を巻いた。


「私たちにも、少し縫わせて」

「え?」

「私たち皆で、この子の服を作りたいの。妃たちの命を紡いできた、この手で」


 月鈴は驚き、そして……深く頷いた。


「……ありがとう。うれしいです。本当に」


 その日から、館の一室には毎晩、火を灯したような柔らかな輪ができた。

 女たちが、ひとつの命のために手を動かす。
 針と糸が、心と心を繋いでいく。



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