偽りの月妃は、皇帝陛下の寵愛を知りません。 ー月下の偽妃と秘密の蜜夜。ー
帝都・紫宮にて。
玉座の間は重苦しい空気に包まれていた。
紫嶺皇帝が、自ら紫鏡を迎えるという異例の対面が決まっていたのだ。
「皇帝陛下、紫鏡殿がお越しです」
紫嶺は、病を得た身体を支えながらも威厳を保っていた。
「……紫鏡。お前は生きていた。それは祝福すべきことだ」
紫鏡は一礼しながら、静かに答える。
「陛下。私は帝位を望みません。ただ、民のための道を開きたいのです」
沈黙――それは数秒でありながら、永遠のようにも感じられた。
「……それが、お前の“真”か」
「はい。そしてそれは、“月鈴”と“娘”に教わったことでもあります」
紫嶺は、かすかに目を伏せた。
「……あの子は、穏やかで強い子だった。お前の人生が、彼女と共にあるのなら……俺は口を出す資格はない」
だが、その帰り道――
紫鏡たちの駕籠に投げ込まれたのは、封の割られた文だった。
《紫鏡へ。
お前が戻れば、国は割れる。
それでも、前に進む気か?》
筆跡は、紫嶺の近臣筆頭・朝仁(ちょうじん)。
紫鏡のかつての“武官の盟友”でもあった男だった。
「……来るかもしれんな。小さな内乱が」
「ですが、こちらには民の信がある」
「いや、“民”を動かすには、まだ足りない」
紫鏡は遠く空を見上げた。
「――この国を、本当に変えるには、“嘘”と“真実”の境を焼かねばならない」