すべての花へそして君へ③

 つんとコートを摘まんだ彼は、そのまま腕の中にわたしを閉じ込めた。


「あと、どうしようもなく可愛かった」


 加えて頬擦りとか、ほんと鼻血もんなんですけど。
 そんなこと言う、こんなことする君の方が、よっぽど可愛いんだけどなあ。


「これから飽きるほど鍵開けられるんだから、今夜はおしまいね」

「……実は今日ね、わたしおめかししたんだ」

「ん? うん。そうだね」

「ヒナタくんに『可愛い』って言われたくて、思われたくて。……頑張った」

「え。オレの、ため?」

「うん。だから頑張ってよかった。……すごく、嬉しい」


 言い切るが早いか。わたしはヒナタくんに思い切り抱き付くと、ヒナタくんもまた、抱き締める力を一層強くしてくれた。


「(あーやべえ。どうしよう。マジどうしよう。可愛すぎんだけど……)」


 重なる体温が心地いい。触れ合う熱が愛おしい。彼の、お日様の匂いが懐かしい。このままずっと、こうして二人、抱き締め合っていたいくらい。


「……幸せだなあ」

「……ん? 何?」

「あったかいんだ、ヒナタくんのそば。安心するんだ、声も空気も体温も」

「……匂いも?」

「そうそう。ふふ。ヒナタくんの匂いバンザイっ」

「……どんな匂いすんだろオレ……」


 ぶつぶつ呟いている声に小さく笑っていると、大きな手の平が頭をそっと撫でてくる。つんと、僅かに髪が引っ張られた。


「上向いて」

「んー、今ヒナタくん充電中」

「もう流石に限界だから。我慢が底付きたから」

「ふはふはしてます。体中にヒナタくんの匂いを充満させてます」

「何かそれちょっと嫌なんだけど」

「そう? わたしは幸せ」

「……くすぐったい」

「あは。ごめんね?」


 うりうりと、頭でヒナタくんの胸元を攻撃。けれど、何度もしているうちに無防備なわたしの脇に手がずぼっと……。


「ひ、ヒナタくん待つんだ。それだけはやっちゃいかん」

「たとえこの命が尽き果てようとも、言うことを聞かない下僕に躾をしなければならない時がある」

「い、命懸けですねご主人殿」

「そりゃ命懸けて愛してますから」


 脇の下に入っていた手は、すっといなくなった。代わりに肩と、頭に戻ってくる。ゆっくり、頭をもたげた。


「ほら、タイミング逃したからしにくくなった」

「じゃあしない?」

「するよ。オレだって充電したいんだから」

「ははっ、一緒だね」


 彼の指が、乱れた前髪に触れる。するりと撫でて、落ちた一束を耳にかけてくれる。指先が少し、首筋に触れた。くすぐったくて、小さく身を捩った。


「あおい」


 違うよ。嫌だから顔を逸らしたんじゃない。ヒナタくんが、そんな触り方するからくすぐったかったんだよ。恥ずかしくなったんだよ。
 だから、そんな声で呼ばないで。わたしだってもう、我慢は完売してるんだ。


「……なんでちょっと泣きそうなの」

「なんか、感極まって。うれし、くて」

「バカだね、本当に」

「うん。じかく、ある」


 軽く、一度音を立てて触れる。


「……うつるじゃん」

「あは。……ごめん」


 懐かしく愛おしい口付けは、ほんの少しだけお酒と涙の味がした。


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