すべての花へそして君へ③

「あおいちゃん。警吏の人に渡してきたよ」

「シズルさん! お疲れ様でした。まるで忠犬のようでしたね」

「ようでしたじゃなくでそうですよ。というかその林檎は?」

「あ! そうだった!」


 渡仏してきた俺にとっては、日本語の方が聞き慣れていたけれど、なんだかこんなに日本語を聞けるのは久し振りだ。


(いや、ついこの間一回聞いたっけ)


 思い出に浸っていると、その女の人は可愛い笑顔でおばちゃんに再び話しかけた。


《奥様? 事件の後すぐこんなことをお願いするのは大変恐縮なのですか》

《な、なんだい》

《もしよろしければ、こちらの林檎を戴きたいんですが難しいでしょうか。もちろん、きちんとお金は支払わせていただきますので》

《は?》


 そんな彼女の提案に、俺もおばちゃんと同じく怪訝な顔をする。あれだけ転がっていったんだ。商品にはならないものを買おうだなんて。


《お願いします奥様。今この時も、空腹で苦しんでいる子どもたちが大勢いるんです》

《……》


 俺もおばちゃんと一緒で、声が出なかった。
 彼女は、お情けでおばちゃんを助けようとしているんじゃない。おばちゃんと、目に見えない子どもたちを、一緒に救おうとしているんだ。


(この人も、相当なお人好しなんだな)


 その後おばちゃんと無事商談が成立し、女の人とお兄さんは笑顔で露天を去って行った。
 ここ最近、こんな人たちに出会ってばかりだ。ついつい、この世界が優しいものだと、錯覚してしまいそうになる。

 全く、今頃のジャパニーズスチューデントはこんな人たちばっかりなのかと、もう一度その女の人をちらりと見た時だ。何かが引っかかったのは。


(……あれ?)


 服装は違うし、正直変な人だし。絶対関わらない方がよさそうだなって思ったけど。
 眼鏡を外したら? 髪を結い上げたら? 彼女に着物を、浴衣を着させてみたら……?


「――!」


 それにあの笑顔には見覚えがある。


「待って! 財布の写真のお姉ちゃん!!」

「へ? さ、財布?」


 ただ無我夢中で走った。無我夢中で叫んだ。
 この、神様がもたらしてくれた奇跡の出会いを、必死に掴みたくて――。


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