すべての花へそして君へ③
「しー、もしかして寝た?」
「あ……」
「んんんん~……」
「寝そう、です。何とか堪えてる」
けれど、ものの数秒で、彼女はこてんと眠りに落ちてしまった。
完全にオレに体を預けて眠るしーちゃんの頭を、今度は感謝を込めて撫でておいた。
「……シズルさん、訊いておきたいことがあるんですけど」
「しーが寝てる間に、先に俺の話してもいい?」
「……いっそ興味ないんですけど」
「じゃあ、俺と葵ちゃんの話。それなら――「聞きます」……即答いただきました~」
余程可笑しかったのか、しばらく彼の笑いは止まらなかった。
何がそこまで面白かったのか。首を傾げていたオレに、よく似てると彼は小さく呟いていた。
「俺の立場は本当に複雑で、それこそイチから話そうとしたら優に朝日が昇りそうだから、そこはやっぱり省かせてもらうね」
「警察関係者でしょ?」
「まあそうだけど、俺は雨宮みたいに単純な立ち位置にはいないから」
「……わからないけど、わかったことにします」
「うん。そうしてくれると助かるよ」
一度こちらに振り向いた彼は、眠っているしーちゃんにそっと微笑んだ。よく眠っていると、嬉しそうに。
笑っていたのは、思い出し笑いをしていたからだそうだ。その思い出していたというのが、あの熱海での夜のこと。
「出会い頭にだったよ。こんばんはの挨拶もきちんとしないまま、『ごめんなさい!』で一刀両断。ほんと、呼び出したのは葵ちゃんの方なのに」
そして、このときは二人とも何も言っていなかったけれど、この話には続きがあったそうだ。
「振られた後、パワースポットの場所を詳しく教えてくれって言うから教えてあげてたんだ。それまでは至って普通の雰囲気で、至って普通の恋する女の子だなと思っていたんだけど――」
そこで区切った彼は、きちんと車の窓が閉まっているか一つずつ上げて確かめた後、ドライブレコーダーを落とした。
「その話が終わった途端、彼女は平然と訊いてきた」
――それでシズルさんは、わたしを殺しに来たんですか?