すべての花へそして君へ③
「はじめまして、“道明寺葵”さん」
そこには、多忙のわたしでも最近よく耳にする、芸能人の不祥事やゴシップネタの大好きな、某有名週刊誌の名前が書かれていたからだ。
そして彼女は、わたしが何者なのかを知っている。
庇うように、半身でツバサくんが前に出た。
「失礼ですが、どなたかと間違われているようですよ。どうぞ、お引き取りください」
「あら。まだ公表されていないようだから気を遣ってみたけれど、杞憂だったみたいね」
そうして、ポケットからデジカメを取り出したかと思ったら、止める間もなく彼女はシャッターを押した。
「ちょっと」
「どうやら、本名で呼ばせていただいても差し支えないようだし」
そして、身を屈めて視線を合わせてきた彼女は、わたしにこう言い放った。
「改めまして、朝日向葵さん。今の写真、ゴシップ記事として掲載されたくなかったら、ついてきて欲しいところがあるんだけど」
お茶目な笑顔に騙されそうになるけれど、わたしにとってそれは、相当の脅し文句にしか聞こえなかった。
――――――…………
――――……
連れて来られたのは、どこかのスタジオのような場所。いくつものカーテンで区切られており、それがたまに風に揺れて波打つ。暖房がついているようだが、それにしては不自然な動きだ。ぱっと見では誰もいないように見えても、どうやらここには、何人もの人がいるらしい。僅かに足音も聞こえる。
「それじゃあ、あなたはこっちに」
「……! ちょっと待ってください!」
そして薄暗くて、咄嗟の判断がつきにくい。何かをされたら、きっとわたしは手以外も出してしまうだろう。
一緒に連れて来られてしまったツバサくんと引き離されそうになり、わたしは声を張った。
「その子は無関係なはずです!」
「冷静でいられないくらいには、あなたとは関係のある子だと思うわよ」
「……っ!」
「大丈夫。あなたたちが何もしなければ、お互いに危害を加えるつもりはないわ」
害を加えるつもりなら、わたしなんかのネタでよければさっさと提供した方がよっぽど安いものだ。
けれどわたしは、そのあと一言も口に出すことが叶わなかった。他でもないツバサくんに「喋るな」と、きつく睨み付けられたからだ。
まるで蛇に睨まれた蛙のように固まってしまったわたしは、彼の姿が見えなくなるまで、ただじっと見つめることしかできなかった。
やけに彼のピアスが、輝いて見えた。