すべての花へそして君へ③
「ビックリしたでしょう。いきなり連れてきたし……あの人、脅すようなこと言ったんじゃない?」
「そう……でしたけど」
「……? けど?」
「逃げようと思えば、逃げられたと思うんです」
「……それは……」
「それに、悪い人ではないとわかっていたので」
だから、頭突きを我慢していてよかったなって、今心底ほっとしているところだ。先に手を出してしまっては、正当防衛にならないし。えへっと笑ってみるけれど、どうにも隣に立つ彼女の表情は固かった。
頭で考えていたことはさておいて、何か、普通の人として間違った発言をしてしまったのだろうか。必死に頭を巡らせていると、彼女は一歩近付いて小さな声を出した。
「あなたは逃げられたと思うけど、きっと翼くんの方は無理だと思うわ。あの人に……弱み、握られてるから」
「……えっ」
「昔から目を付けていたらしいの、翼くんに。でも姿を見かけるたびに物凄い速さで逃げられてね」
「……そう、なんですか……?」
「でも今回、やっと念願叶ったみたい。どうしてもモデルは翼くんしかいないって言っていたから」
「……は、はあ」
話を聞いていて、どうにも話が噛み合いそうになかったので、わたしは先程戴いた名刺を彼女に見せることにした。
それを見た彼女は、驚きすぎて目玉が落ちそうだった。そのあとすぐ、何とも言い難い申し訳なさそうな顔に。そして、深々と謝罪された。
「ごめんなさい、それはあなたも怖かったわね。どうせ翼くんのあの姿の写真をダシに……」
【警察組織の目付役!】
【新国家公安委員会委員長のご子息、実は令嬢だった説!?】
「なんて見出し付けて、掲載するわよとかなんとか言ったんでしょう。出版社でもないのに」
様子を見る限り、どうやら目の前の彼女は、わたしのことを全く知らないみたいだ。
そう言って、改めて名刺を手渡された。真っ黒な名刺にはじめは不吉な印象を受けたが、中央に描かれた小さなカメラ、そして書かれていた名前に、わたしは全てを納得した。
「『黒瀬 優』、こっちが本物の名刺ね。腕はいいんだけど、何せ性格に見た目がねえ。あ、わかってると思うけど男だから、あれ」
そうとわかると、あの空間……。
思わずわたしたちは、そちら側に目を向けた▼
「だ・か・ら! もうちょっと顎下げろっつってんだろ翼!」
「優さん要求多すぎ、暑苦しいんすけど!」
視覚と聴覚が矛盾を感知▼
脳が混乱した▼
「二人ともクオリティー高いよねー、女よりも美人とか犯罪だよねー」
「……目、目が据わってます……」
「あ、因みに私はアシスタント兼マネージャーみたいなものです。あいつ、よっぽどのことがない限り仕事自分から取りに行かなくて。放浪の旅から数ヶ月帰ってこない日も」
「……お、お疲れ様です」
「あなたも……ごめんなさいね。連れてきちゃって」
「いえ大丈夫です。それに……」