すべての花へそして君へ③
もう一度あちらに目を向けると、やっぱり脳が混乱したけれど、文句も言いつつ暴言吐きつつ、何だか楽しそうな二人が目に入る。
「あんなツバサくん久し振りに見たので、来て得した気分です」
「……私が言うのも何なのだけど、名刺のこととか脅しのことには、目を瞑ってもらえるかしら」
「はいっ。沢山お菓子も食べちゃいましたし」
「ありがとう。翼くんの彼女が可愛くて優しくて物分かりのいい子で助かったわっ。よかったらうちの事務所に入らない? というか入りましょう! あなたを絶対ものにしろって、私の勘がそう叫んでるの!」
目をキラキラさせていた分、いろいろ弁解するのが申し訳なく思ってしまった。
「彼女じゃないっすよ」
「あとその子、うちでは手に余るから受け入れ却下」
なので、間に入ってくれた彼らに、心から感謝した。わたしの口から言うよりも、よく知っているであろう二人から言ってもらった方が、説得力があるというものだ。
ああだこうだと話し始めた大人二人から離れたところで、わたしはいつもより余計高いツバサくんを見上げた。
「言ってくれたらよかったのに」
「こっちにもいろいろ事情があんだよ」
「弱みって何?」
「言わねえってわかってて訊くな」
不貞腐れてしまった彼に、ごめんごめんと謝っていざ本題へ。
「なんで黒瀬さん、わたしのこと知ってたの?」
「優さんの両親、元ジャーナリストなんだけどさ。放浪癖は、家庭環境と血を濃く受け継いだせいで」
「あー、だからあの名刺……」
「あの事件のことは、個人的に追いかけてたらしい。と言っても一般人で知れるところは限られてるし、お前のことも、口の軽いお偉いさんから噂程度に聞いただけだと。詳しいことは何もわかっちゃいねえよ」
まあ未成年ってこともあって公にはされてないけど、確かに規制という規制も警察側に全部丸投げしてる。そもそも、わたし側では何もしてないに等しい。
「……別に、悪用するつもりはあの人にはないから」
「うん。悪い人じゃないよね、黒瀬さん」
「しつこく纏わり付いて、執拗に脅してくるけど」
「あはは、ご愁傷様です」
「あの人は俺に似てるんだ。……似てたんだ。境遇ってやつがさ」
「……そっか」
「化粧とか服とか。女の恰好は、結構あの人に聞いたりしたんだよな」と。どこか自分と彼を重ねる横顔に、わたしは「そっか」と、このことに関してそれ以上のことは何も訊かないことにした。
「なんかね、さっきのツバサくん、すごく恐かった」
「……恐かった?」
「うん。恐いくらい……綺麗だったから」
「……」
「そこにツバサくんの世界ができあがってて、冗談無しに吸い込まれていきそうだったんだ」
「俺の……世界」
一度顎に手を添えた彼は、自分の恰好を見てから、黒瀬さん、そして先程まで立っていた撮影場所へと視線を向けた。
その横顔に、わたしはただ小さく笑っておいた。ただ一言、発破をかけて。
「頑張ろうね!」
「……ああ」
わたしの。君の。彼らの。
お互いの……――未来のために。