すべての花へそして君へ③

 大体そんな感じだと言うまで、その人は愛想よく頷いてくれていたけれど。いざ話が終わると、急に足を止めた。
 気になって振り返ってみると、先程までの貼り付けたような笑顔が一変。


『その、クソみたいな勧誘してきやがったスカウトの名刺とか持ってねえの』

『え。あ、いや。もらう前に断って……』

『……チッ。殴り込みにも行けねえのか』

『……な、なぐ……』

『おかげでまともに話も聞いちゃくれねえし、腐った卵みたいな面してっし。せっかくの美人が台無しじゃねえか全くよお』

『……くさった、たまご……』


 初めはドスの利いた声にも吃驚したけど、その言葉遣いときたら。酷いを通り越していっそ清々しかった。


『悪いけど、そんな奴らと一緒にしてくれるな』

『……俺から見たら、あなたもそんな奴らと同類にしか見えません』

『だから、俺は別に、芸能界にスカウトしにきたわけじゃ……』

『……そろそろいいですか。暇してる学生ばかりじゃないんですよ。暇そうな子に声かけてください』


『ちょい待ち』と、しつこいその人に気の長い俺も、流石に苛々のボルテージが溜まっていった。
 けれど、反対にその人は目を爛々と輝かせていたんだ。経験上、こういう時は大抵、よくないことが起きると、相場が決まっているもんだ。


『お前男か!』

『っ、ちょ。だったらなんだよ!』

『ますます気に入った! ぜってえ逃がさねえ!』

『はああ!?』


 それからというもの、町で見掛ける度に追いかけ回された。
 流石に、子どもの頃の俺が大人の、しかも男の足に敵うはずもなく。幾度となく、執拗に執拗に勧誘を受けた。
 それでも折れない俺に彼は、飯を奢っている間身の上話までし始める始末。

 彼の名前は、黒瀬優。初めて出会った時も見た目は途轍もないほどの美人だったけれど、れっきとした男。そして口が非常に悪い。両親はジャーナリスト。日本中、世界中を駆け回るほど仕事に生き甲斐を感じ、ネタがある場所へ赴いては常に全力投球をするような人たちだったらしい。


『な? だから一緒にすんなって言ってんだよ』

(……寧ろ一番タチ悪い……)


 この頃の彼は、まだまだ駆け出しのカメラマン。世界に名を馳せるために、どうやら俺に声を掛けてきたらしい。


『俺は、俺が有名になるためなら、地の果てまでお前を追いかけていくからな』

(なんて貪欲なんだろうこの人……)


 普通こういう時って、嘘でも『一緒に頑張ろうな』とか言うもんじゃないんだろうか。と言うか、そういうことならよっぽど自分のこと売り込んだ方が手っ取り早いって思わないのかなこの人は。


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