すべての花へそして君へ③
たまに、ストーカーに追われず。数日、数ヶ月、数年と、平和な日々を送れていた時もあった。
『……なあ翼』
『あ、やっぱり並盛りから大盛りに変更してください』
『お前は、なんでそんななの』
『あと、温泉卵乗っけてもらって。焼き鮭と味噌汁追加で』
まあそれは、両親と一緒で放浪癖があるかららしかったけれど。それだけが理由じゃないことを、俺はある日、知ってしまった。
『……俺には、捜してる奴がいるんだ』
『……捜す?』
『お! やる気になったか!』
(……なんだ嘘か)
初めて、反応を示したからだろう。やれこれも食え、それこれも食えと、丼の上がそれはそれは賑やかになった。
『……ある日、そいつは突然姿を消した』
『……消した? 誰が』
『妹』
『え』
『捜してるのは、……俺の妹なんだ』
『――――』
一瞬、俺のことを調べたのだろうかと、そんな考えが頭をよぎった。だって、彼はあまりにも自分の欲求に忠実で、その他のことに関しては全く顧みない性格だったから。
だから、なんとしてでも俺を手に入れるため、俺が弱いところを突いてきたんじゃないか。……そんなふうに思ったのは、本当に一瞬だった。
『それが嘘なら、助演男優賞くらい貰えそうですね』
『……馬鹿言え。主演女優賞、いただきだろうが』
横に座る彼の瞳からは、ボロボロと涙がこぼれ落ちていたから。ズルズルと、鼻を啜る音が尋常じゃないほどうるさかったから。
嗚咽しながらぽつりぽつりと話してくれた彼の話によると、家族でとある街に訪れた時から行方不明になっているそうだ。
『もちろん、俺が表に出ることも考えた』
名が売れれば、それだけ自分を知ってくれる人が増えるかもしれない。情報提供を求めれば、見付かるかもしれない。
『けど、そうしたところで妹を捜しに行ける時間がなくなったら本末転倒だろ』
『……あんたが行かないといけないのか? 行けなかったら誰かに頼めば……』
『隠れてるんだ』
『え?』
『俺が鬼で、……あいつはまだ、かくれんぼしてる最中なんだ』
『……』
いやいやいや、そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。
そんな突っ込みを言いたかったけれど、声に出すことは叶わなかった。何故なら、彼の瞳は怖いくらい、揺らいでいなかったからだ。
『俺が、見付けてやらねえと』
それはまるで、“そうしなければ見付からない”とも、聞こえた。
全国各地へ足を運べるカメラマンになること。だから、俺という存在を使ってある程度名を馳せ、情報や資金を得る。
それは確かに、テレビや雑誌に出る仕事より拘束はないだろう。
“……あれ? あんたどこかで……”
(……ああ、だからこの人は)
いつか、そんなふうに声を掛けてもらうために。よく間違われたという、瓜二つの妹の姿でここにいるんだ。