すべての花へそして君へ③
 ✿


 桜色の向こうに広がる真っ青な空。今まで見た空で、今日が一番綺麗に見えた。
 ふと、スマホをポケットから取り出してみたけれど、少しばかり悩んで静かに画面は落とした。


「……こういうのはやっぱりちゃんとしたので撮らないとな」


 普通よりカメラ性能はいいけれど、実際この目で見たものにはやっぱり敵わない。


「惜しいことした」

〈外出て空見てみて〉


 愛おしい彼女は、きっと今頃服でも着替えているんだろう。
 送ったメッセージにふっと小さく笑いながら、オレは写真に収めない代わりに指でそっと、空にフレームを作った。


「ご機嫌だな」

「いやいや、んなわけないじゃん。独りぼっちで大学入学とか超緊張するんだけど。友だちできるか心配心配」

「言ってること全然似合ってない」

「……なんでご機嫌だなんて思ったの」


 アキくん、と。少し怪訝な顔して言ってみれば、彼はわずかに目を瞠った後、そっとそれをやさしく細めた。


「気付いてないのか」

「何を」

「緩みきってる顔」

「…………」

「確認するか」

「しないよ」


 なんというか。言い訳してもしなくても、この居心地の悪さときたら……。

 アキくんは、桜大で学部学科も同じ。一つ上になるから、いろいろこれからもお世話になると思う。だからそれだけで、十分心強かった。学科や学年は違うけど、他にも知り合いはいるし。

 でもまさか、さっきの見られてるとは思ってもみなかった。初っ端から恥ずかしいんだけど。やらかした。


「……そういえば日向。一つ、言い忘れていたことがあるんだ」

「……? 何? 言い忘れてたことって」


 初めは、気を遣って話を逸らしてくれたんだとばかり思っていたけれど。妙に歯切れの悪い様子から、その気はもしかしたらあったかもしれないが、どうやら本当に言い忘れていたことがあるらしい。しかも、結構重要そう……?


「……ちょっとした、手違いがあって」

「手違い……?」

「俺は、やめとけって言ったんだが……一年前に」

「一年前?」


 そうこうしているうちに、大学に着いてしまった。
 一体アキくんが何を言おうとしていたのかはわからず仕舞いだったけれど、言わんとしていることはちょっと察した。


 ――入学おめでとう。

 法学部三年のトーマ。教育学部二年のカナ。短大保育科二年のユズ。
 そう言って出迎えてくれる面々に混じって、一人思ってもみなかった人がいたから。


「やあ。まさか、噂が本当だったとはね」

「……どんな噂ですかどんな」


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