すべての花へそして君へ③

「母とそんな会話をして、早一年……」


 仕事を定時に終わらせて、今日もまだ生まれて数ヶ月しか経ってない我が妹のところへ早く行かねばならぬのに。わたしは、どうしてここから動けないのか。
 朝見上げたそれは、それはそれは綺麗な青空だったけれども。……わたしの心は、朝からもやもや。


「ひなたくんの、おおばかやろう」

「それは心外だ」


 伏せていたテーブルから慌てて顔を上げてみれば、すぐ目の前に立っていたヒナタくん。
 一体いつから帰ってきていたのか。それがわからなくなってしまうくらいには、わたしはもう限界に近いらしい。


「まさか、本当にいるとは思ってもみなかった」

「……え?」

「いたらいいなって、思いながら大急ぎで帰ってはきたけど」

「……ヒナタくん?」


 弾む息を隠そうとせず。彼はただ、やった、と。小さくガッツポーズをしながら、本当に嬉しそうな顔をした。


「正直言うと、ここんとこ準備で忙しかったじゃん。だから、ちょっとでもあおいと一緒に過ごしたかったんだよね」

「……」

「ごめんね、わがまま言って。帰りはちゃんとタクシーで送るから」

「……それが、本音?」

「え? うん。そう……だけど」

「わたしは、……一緒に過ごすだけじゃ、絶対足りない」


 頬が、恥ずかしさで熱くなる。でも、こんなふうにしてくれちゃったのは誰なのか。ちゃんと、最後まで責任は取って欲しい。

 一瞬目を瞠った彼は、愛おしげに目を細めた。


「オレもだよ。あのさ、聞いて欲しいことがいっぱいあるんだ。きっと、……ちょっとの時間じゃ収まりきらない」


 両頬を包み込むように手を添えて、彼はゆっくりと、深く味わうように唇に触れた。


「……明日、仕事は」

「残念ながら早朝出勤。しかも一旦家に帰らなきゃ……」

「……まあ、オレも一限から講義入ってるし」


 その辺はまあ、加減しつつ。


「……できるの?」

「こればっかりは何とも言えないかも」


 明日に響いたらごめんね?

 そう言いながらもう一度重ねた彼の性急な口付けに、それは困るわと内心思いながら、朝まで必死に答え続けたのだった。


< 576 / 661 >

この作品をシェア

pagetop