すべての花へそして君へ③

 その時、ガラガラとヒナタくんがお風呂から上がる音が聞こえた。それを合図に、夕食とお酒のアテを作り始める。続編のドラマが気になるところだけど、続報はまた追っかけることにして。放送を楽しみにしておこう。


「今日ツバサくん泊まってくでしょ?」

「ああ、悪いないつも」

「いいえー? 続けて入っちゃってねー」

「……」

「……ツバサくん?」

「……あのさ、葵」


 何か、聞きたいことがあるらしい彼は、カウンター越しにこちらをじっと見つめてくる。
 それを見つめ返すこと数秒。一度視線を落とし、目を瞑った彼は、ため息交じりにわたしの手元を差した。


「一体何人分作る気だよ」

「え? 三人分だけど」

「にしては多すぎだろ。豚一頭丸ごと食う気か」

「いやいやいや、流石にそれは言いすぎだから」

「……何。どうかしたの」

「あ、おかえりヒナタくん」


 お風呂上がりのヒナタくん。首にタオルを掛けながら、冷蔵庫からビールを漁るという行動自体は、それはもうれっきとしたおじさんなのだけど。髪が少し濡れているせいか。プシュッと缶を開けてビールを呷るその仕草。上がる顎に無防備な首筋が見えるせいか。いつ見ても、何故こうもセクシーなのか。その色気をわけて欲しいものだ、うん。


「日向、お前食い過ぎ」

「は?」

「毎日こんなに食ってんのかよ」

「いや食べてないよ。余った分は次の日の弁当行きだし」


 にしても多すぎだろうと。
 ツバサくんが指差すわたしの手元へと、ヒナタくんの視線がやってくる。……なんだこの、居たたまれない感じは。


「……ああ、今日は三人分なんだね」


 けれど、この量(ツバサくん曰く豚一頭並のお肉)を見ても、ヒナタくんは驚くことなく妙に納得した様子でそれだけ言って、さっさとアテだけ受け取ってテーブルについた。


「……え? この家って前からこんなに飯出てたっけ? 誰か大食いだっけ?」

「うん、そいつが」

「は? 葵が? 大食い? 確かに小食と思ったことはないけど、普通だろ?」

「最近妙に食うんだよねー」


 そうそう。なんだか最近、妙にお腹が空いちゃって。
 初めは、店の方も落ち着いたし、安心しちゃったのかなーって思ったんだけど。


「お店が、結構体力勝負なところもあったからか、食べられる時にしっかり食べてたせいかなって」


 その弊害かどうなのか。わからないけど、今では何故か食いしん坊キャラが成立しちゃうくらいには、よく食べてしまう。


「だからか、今じゃお腹に何か入れてないと、空腹になった時すごい気持ちが悪くなるから困ったもんだよ」

「……あー、なるほどね。そういうこと」

「そうそう、そういうこと」

「……こら、二人とも。言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」

「太ったな」

「太ったね」

「……」


 おかげ様で、この数週間のうちに5キロ増しましたけど何か??


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