すべての花へそして君へ③
語らいは換気扇の下で
まだ入社して一ヶ月足らずでプロポーズをしたのには、彼なりのわけがあったらしい。
『え? だって、寂しいかと思って』
数年前から同棲はしている。新しい事業の責任者になり、本社勤めではなくなってしまったとは言え、帰ってくる場所は変わらない。
けれど、職場が離れてしまった。たったそれだけのことだけど、寂しくないと言えば嘘になる。
『ま、オレも寂しいし。ちょうどいい虫除けにもなるでしょ』
そんなわたしの気持ちも、彼は先回りして捕まえに来てくれたんだ。本当、ヒナタくん様々だ。
「それでねそれでね、お部屋はプロジェクションマッピングで飾り付けしてあったんだよー」
「またプロポーズの時の話かよ。会う度何回聞かせんだっつの」
「あんなことさらっとやってのけちゃうんだよ? しかも様になってるんだよ? すごくない? わたしの旦那すごくない??」
「あーハイハイ。ご馳走様」
俳優としても絶賛活躍中のモデル、ツバサ。
先日放送された、彼主演の2時間ドラマのDVD。発売日の本日、早速ゲットしたので現在そちらにサインをおねだり中である。
ちなみに、毎日ご多忙な彼の本日のご訪問理由は、毎度のことながら一緒である。
「人気者は大変だねえ」
「悪いな、新婚だってのに」
「一年も経てば新婚でもなくなるさ。そう遠慮しなさんな、“お義兄さん”」
「……」
未だに聞き慣れないのか。そう言うと、必ずと言っていいほど渋い顔で耳をほじられてしまう。
まあ、そう言うわたしもあまり言い慣れてはいないんだけど。
「そういえば」
再び増えたコレクションに、キャッキャウハウハしていると、勿体振ったような笑みを浮かべながら、彼は耳を貸せと手招きしてくる。
これは、きっとすごく素敵な話だ。そう思って迷わず彼の口元に耳を寄せる。
「実はこのドラマ、続編の制作が決まったんだ」
「えええー!? 嘘! 本当に!?」
「ああ」
「わあーすごいね! おめでとうツバサくん!」
予想通りの反応ありがとうと。全力で喜んでくれると思ったと。
少し照れくさそうな彼に、思わず涙ぐんでしまった。そんなわたしの頭を困ったように撫でながら、彼は続けた。
「実は、ロケ地が京都なんだ」
「……京都?」
「お前が思ってる場所と、かなり近い」
「……」
そういえばこのドラマ。各地に伝わる言い伝えを、犯人や宗教団体が模して事件を起こすサスペンスだ。
もしかしたら……一瞬過ぎった不安を掻き消すように、彼の大きな手がぽんぽんと頭を撫でた。
「その辺は全然関係なかったから気にすんな」
「……本当に?」
「ああ。ていうか今回は、サスペンスよりもミステリー寄りにするらしい」
「ミステリー?」
「俺もまだ詳しい内容は知んねえけど、結構なラブストーリーらしくてさ。十年越しの大恋愛……だったか。なかなか壮大だろ」
「わあー! 気になるねそれ!」