すべての花へそして君へ③
さっさと一缶開けてしまった兄は「いい?」と、煙草の箱をちらつかせる。嫌なのかどうなのかわからないけど、彼女がいくら惚気を言ったところで吸ってるのは見たことないって言うし。オレが話をする時に限って吸うから、オレが惚気るのはやっぱ嫌なのかもしれない。
まあそれでもいいけどと、それに一つ頷けば慣れたように箱から取り出し、一本咥える。カチリと点いたライターから火をもらい、一度吸った煙を回した換気扇の方へとゆっくり吐き出す。……やっぱり、こういう大人の余裕みたいなところは、到底兄に勝てそうにない。
「……それで? それだけじゃないって、他に何が不満なんだよ」
大きく缶を呷って、オレも一気に飲み干した。
「あんな調子だから、キス以上のこと全然できてないんだよ」
「んんっ!? ごほっ、ごほっ」
しばらくの間、兄は盛大に噎せた。
噎せている間に、オレはもう一缶缶ビールを空けた。一本煙草をもらった。
「溜まってんなあ」
「まあね。苦痛でしかないよね」
空き缶の飲み口で、先を落とす。兄は咥えていた煙草を消し、新しく咥え直す。
「葵は、何も言わないのか」
「言うよ。先に寝ちゃってごめんねって。朝先に出ちゃってごめんねって」
「そういうことじゃねえんだけどなあ」
「なんだかんだ、楽しいみたいなんだ」
「……」
「帰ってきたら絶対、その日の仕事の話するし。超笑顔だし」
「ま、男としては応援してやりたいわな」
「まあね。そんなところかな」
けど、だからといって溜め込んでばかりもよくないし。オレが我慢をしていることを隠しているのもよくない。
何か、思うことがあった時は、さっさと言うに限る。それが、あいつとぶつかる度に培われてきた教訓だ。
「……ま、ほどほどにな」
「知らないよ。放置してたあいつが悪いもん」
「葵にわかれって言う方が無理な話だろ」
「……」
「わかって欲しい気持ちはわかるけど」
「そうそう」
でも、あんまり酷いようなら一回病院行かせろよ。
心配性の兄に、「大丈夫大丈夫」と小さく相槌を打ちながら、オレは二本目の煙草に火を点けた。
その様子を見て、兄もまた、新しい煙草に火を点けた。
「……なあ日向」
「ん?」
「さっき、葵に聞きそびれたんだけどな」
「……何を?」
「挙げてやんねえの」
「……」