すべての花へそして君へ③
成る程。さっきから感じる視線は、これのせいだったか。
「そりゃ挙げたいよ」
「そうか」
その一言で納得したらしく、兄は点けたばかりの煙草を消し、「もらうな」と冷蔵庫からカップ酒を取り出した。
レンジで温めている間、会話が戻る。
「かなとは思った。原因は葵の方か」
「いや、原因はオレも」
「何したんだよ」
「プロポーズした」
「もう一年経ったぞ」
「そうだね」
この一年、式を挙げなかった理由はたった一つ。挙げなかったんじゃない。挙げられなかったんだ。
プロポーズをした時にも一度話はしたけれど、オレはまだ入社してすぐだったし。彼女も彼女で、新しく試みた事業の責任者になったばかりで、式を挙げるにしても時間が取れないことはわかりきっていた。
オレの方は、アルバイトからの延長ということもあるし、社の雰囲気や仕事内容にはまあすぐに慣れた方だ。
けれど、彼女はやる気十分で、全てを任されたこともあって今でもいろいろなアイディアを試みている。代表の代わりに仕事をすることもあり、副業の方で呼び出されることもあり、正直終わりは見えない。
『ごめんねヒナタくん、わたしのせいで。……わたしは、別に無理に挙げなくても大丈夫だよ。だって、そのせいで何もかも疎かにしたらそれこそ本末転倒だし、それに今、こうしていられるだけで十分幸せだし!』
それでも時間が取れた時に、二人でいくつかの結婚式場へと足を伸ばしてみたこともある。結果は、まあ言わなくてもわかるだろうけど。
『……残念ですが、これだけの前準備をしていくだけの時間が取れそうにないので、今回は見送らせていただければと。また目処が立ちましたら、お伺いさせてもらいますね』
「だからまあ、近々聞いてみるよ」
何度、申し訳なさそうな顔でそう言って断らせてきただろう。断らせるのが嫌で、式場に足を運ぶのをやめたのはいつからだったか。
でも、もうそろそろ、ちょっと休んでも罰は当たらないだろ。
「てか、ちょうど聞こうと思ってたとこ」
「本当かよ」
「寧ろ、それが叶わないならさっさと子どもでも作って、無理矢理休みをもぎ取ってやろうかなって」
「本当だなこりゃ」
タイミングよく、温め終わった電子レンジが音を鳴らす。お後が宜しいようで。
「まあ、披露宴は無理でも、最悪式だけは挙げてやれるだろ。なんかあれば、手伝うし」
「オレらよりも忙しい奴がよく言う」
仕事中は疎か、仕事が終わってもゆっくり安心して息が吐けないんだ。まあ、大きい仕事取ってくるようになったし、次はもっといいところ紹介してやれそうだけど。
「朝日向で、表に出さずにおいてある物件がいくつかあったから、いいの紹介できると思う。安くしとくよ」
「流石、不動産王。期待してるよ」
まあね。他にもいろいろ手広くしてますけど。