すべての花へそして君へ③

「それでハ、誓いのキスをしてくだサイ」


 さっきのチャペルに入ってきた時のヒナタくんの顔。わたし多分、一生忘れないわ。

 だって――『は? なんでツバサ? ミズカさんを“両手に花”状態にするんだっつってたじゃん』……って、ハッキリ顔に書いてあったもん。あんなに驚いた顔、すごくおかしかったし。

 それに、目の前に連れてきてもらった時の、拗ねた顔も可愛かった。


「……何オレより先にキスされてんだよ」


 って。ツバサくんとハグした時に、たまたま頬同士が触れ合う距離だったから、そんなふうに見えちゃったんだと思う。
 実際はキスもしていなければ頬にも触れてないし。


『――お幸せに』


 そっと耳元で、祝福をもらっただけなのだけど。


(こりゃ後で、勝手に用意してしまったサプライズを、怒られてしまうかな)


 二人きりになった時、まずどんな言い訳から始めよう。そんなふうに思っていたのは一瞬。ベールが捲られた向こう側の表情に、わたしは思わず息を呑んだ。

 水を打ったように、静まり返る。……ううん。正確には、そんな錯覚にわたしだけが陥っただけ。
 だってついさっき、わたしの後ろで父と母が、愛を誓いあった。今この空間は、祝福の拍手でいっぱいのはずだ。


(ひなたくん……)


 あんなにたくさん小声でやり取りしていたっていうのに。
 さっきまでの余裕は、一体いつの間に置いてきたのか、肩に触れた手は、乗せられてもわかるほどに震えている。


(……ヒナタくんが触れた手が、右側でよかった)


 ふざけてるのは、少しでも緊張を紛らわせようとしていたからだ。
 もし触れたのが左側だったなら、この内側から打ち付けてくる鼓動が、その手の平越しに伝わってしまっていたかもしれない。


 近付いてくるギリギリのところまで目を見詰めていると、ふっと困ったように彼は笑った。


「目つむって。恥ずかしいんだから」


 そんな可愛い要望にクスッと笑って。ゆっくりと目蓋を降ろす。


「……後で覚えといて」


 そう言った彼の小さな復讐心は、わたしのサプライズに向けられたものなのか。それともじっと目を見詰めていたことに対してか。

 けれど、すぐに考えるのはやめた。
 今までで、一番やさしくて甘い、震えたささやかな口付けが。彼の誓いとともに、涙が出るほどのたくさんの愛を、わたしにくれたから。


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