すべての花へそして君へ③
そう言うと、可笑しそうに笑った彼は、ゆっくりと立ち上がり扉の方へ向かおうとする。……え。ちょ、これで終わり? え? いやいやちょっと待ってくれよ。
わたしは思わず引き留めた。
「なんだよ、襲うぞ」
「先に遺書を書くことをお勧めする」
「(目マジだしこいつ)」
だって、「じゃあおやすみ」と、それだけしか言わなかったのだ。
そのせいでわたしは完全に消化不良。何か? 本当に惚気が聞きたかったとでも言うのか君は!
「率先して聞きてえわけじゃねえけど」
「ほらみろ!」
「さっきも言ったろ? 聞きたかったっていうのも間違いじゃねえよ」
「――!? けほっ。も……物好きか君は」
それには肯定も否定もせず、彼はただニコニコしているだけ。
わたしは、喉の奥の支えを取りたくて、もう一度咳払いした。
「……ツバサくんが最終的に言いたいのは、わたしに思い知らせるためでしょう?」
ヒナタくんのことが、こんなにも好きだということを。
それを、自分の口から言わせたかったんだと思った。言わなくてもわかっていたから、言わずにいられるならその方が傷は浅いと思って逃げようとしたけれど。
「……それもないことないけど」
「え。だったら本当に惚気が聞きたかったって言うの!?」
「俺だったら、今の状況にはなってないのになーと」
「残念ながら、わたしはヒナタくんがいいので」
「でも結局、そう思いつつ似合いだなーとも思うんだよな」
「……ふむ、その心は?」
問えば、彼ははじめとても嫌そうな顔をした。けれど、そうしたところで逃げられるはずもなく。寧ろ余計興味が湧いてしまい目を輝かせているどうしようもない目の前の女の子を見下ろしながら、歯切れ悪く、小さな声で答えた。
「世の中には“親馬鹿”なる言葉があるのを、お前は知ってるか」
「成る程成る程、君はこの世の中に“兄馬鹿”という言葉を作りたいと。大丈夫だ、それを世間では俗に“ブラコン”という」
視線で射殺されるかと思った▼
『それ以上何か言ったらマジでその口塞ぐぞ』
顔には、恥ずかしさ以上に殺意が漲っていたから。
まあ、そこはお兄ちゃん。誰かとは違って、矛はすぐに収めてくれたけどね。
「じゃ、さすがにもう寝るからな」
「あ、ちょっと待ってツバサくん」
「お前、今何時かわかってんのかよ。性別は」
「現在の時刻は深夜1時前、性別は一応女、ついでに彼氏持ち」
「一応でもわかってるんなら、いろいろ汲み取れ馬鹿野郎」
「まあまあ! ブラコンのお兄ちゃんに免じてもうひとつ、教えて進ぜようと思ってね!」
にっしっしと笑っているところに、一発拳骨を食らってしまったけれど。「ブラコンブラコンうるせえ」と言いつつ、一応は聞く体勢になってくれたので。
「たとえばの話――――……」
わたしは、彼が一番知りたかった回答をしてあげることにしたのだった。