すべての花へそして君へ③
気を取り直して。小さな声で呟きを洩らした彼に、わたしは首を傾げた。
「……懐かしいとは?」
「昔陽菜がさ、よくそのひよこクッション抱いてたんだ。お気に入りで。今のお前みたいに」
「そういえば日向もだったな」そう言った彼は、くるりと体だけを回した。
「別に今更どうこうしようって訳じゃないよ。それに、あいつがいい奴だってことは、俺だってよく知ってる」
足を投げ出し、背もたれに腕と顎を乗せた彼は――
「な、教えてくれよ。最近惚気てもいないだろ?」
そうやってふてぶてしく、どこか楽しそうに笑った。
でも、素直に答えるのもなんだかな。言ったところで、目の前の彼が喜ぶ内容なわけがな――
「お前の彼氏の前に自分の弟だぞ。お前があいつの、何に一番惹かれたのか、知りたいなって思ったんだよ」
たとえもし喜ぶ内容だったとしても、この楽しげな顔。何か裏があるに違いないし、素直に応じるのはなんだか癪だ。
「もちろん強制じゃねえから」
「……ツバサくんが聞いて楽しいものでは」
「なくても、聞きたいって言い出したのは俺だし」
でも、行く道行く道そうやって先回りしてやさしく塞いでくるもんだから、わたしの中で、ポキッと小さく何かが折れる音がした。
「……――い」
「……聞こえねえぞ。まさか、好きなところは人に言えるようなことじゃないって――」
「匂いが好きなんです!!」
「…………」
たまに、素直じゃない彼が途轍もなく羨ましい時がある。
「……やべえ。真夜中じゃなかったら俺、今頃デカい声で大笑いしながら家中のたうち回ってたわ、腹抱えて」
取り敢えず今は、真夜中だったことに感謝しておこう。
「どうせわたしは匂いフェチですよっ」
「それは知ってる」
「な、なんで知ってる??」
「俺はてっきり『すべて』とか言うんじゃないかと思ってたんだけど」
完全にスルーされたし▼
必死に笑いを堪えてるし▼
いやいや肩震えてるからね▼
「でも、『すべて』もあながち間違いじゃないだろ?」
そもそも、なんで知りたいんだろ。必要ないだろうに。
「っ、そうだよ! 悪いかこんにゃろー!」
間違いではないその『すべて』を事細かく。それを、彼が満足……いや。聞いているのさえ嫌になるほど挙げてやった。
どちらが先に折れるか。まるで根比べだ。
「……おい、半分以上悪口入ってるぞ」
「そんなところも好きってこと」
けれど暫くして、万策尽きてきそうなのはこちらの方だった。彼に至っては、右から左へ受け流すでもなく、きっちり聞いているにも関わらず今でもこの余裕そうな表情。なんだか、潔く負けを認めた方がダメージは少なそうだった。
わたしは、彼の言外の問いに気付かない振りをした。
「以上をもちまして、第一回お惚気大会を終了とさせていただきます」
「次回を楽しみに、ってところか」
「万策尽キタヨ」
「はは、だろうな」