野いちご源氏物語 二六 常夏(とこなつ)
あまり頻繁(ひんぱん)姫君(ひめぎみ)を訪問するのは人目(ひとめ)が気になるから、そういうときは用件を探してお手紙をお送りになる。
どちらにしろ、姫君のことばかりを一日中考えていらっしゃるの。
<どうしてこんな厄介(やっかい)な恋に夢中になって苦しんでいるのだ。苦しみから逃れようと思いのままに振舞えば世間から批判(ひはん)されるだろう。私自身はともかく、姫君の名を傷つけるのは気の毒だ。それに自分のものにしたところで、きっと(むらさき)(うえ)以上に愛することはできない。太政(だいじょう)大臣(だいじん)の三番手四番手あたりの恋人でいるよりも、大納言(だいなごん)少納言(しょうなごん)くらいの貴族の正妻(せいさい)になった方がよほど幸せだろう>

冷静にお考えになるほど、ご自分の恋人にしてはいけないとお思いになる。
兵部卿(ひょうぶきょう)(みや)様か右大将(うだいしょう)に結婚を許そうか。そうして夫の屋敷に引き取られれば、忘れることができるだろうか。つまらないけれどそれがいいかもしれない>
でもね、お会いになってしまうとそうともお決めになれない。

近ごろは和琴(わごん)をお教えするという口実(こうじつ)があるから、堂々と近くにお寄りになる。
姫君も初めは嫌がっていたけれど、
<ただ教えてくださるだけで手出しはなさらない。厄介なお心はうまく消えたのだろう>
としだいに安心なさる。
そうすると、もともと(ひと)(なつ)こいご性格だから、逃げることはせずお返事も少しはなさって、どんどんかわいらしくなっていかれる。
源氏の君はとても他の男性に渡そうとはお思いになれない。

<それならば、結婚してもここに住まわせて、夫が通ってくるようにしたらよい。夫が来ないときにこっそりと会えばそれなりに満足できるだろう。今は男を知らない人だからこちらも遠慮(えんりょ)してしまうが、結婚してしまえば全力で口説ける。この人もその気になってくれれば、たまに会うくらいは難しくないだろう>
なんとまぁ、けしからぬことをお考えになる。

他の男性に渡してしまったところで、お悩みが()きることはないでしょうね。
適当なところで(あきら)めることがおできにならないご性格だから、困ったことになりはしないかしら。
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