ラストランデヴー
「好きというのは大げさかな。その子のことは大学の構内でたった一度見かけただけだから」

 今さら、なんの思い出話をするつもりなのか、私にはわけがわからなかった。

 でも手を振りほどく勇気もない。

「その日は雨が降っていて、俺は傘を持っていなかった。駅までは走れば3分。本当は濡れて帰ってもよかったんだ。だけどターコイズブルーの傘が目の前を横切るのを見て、気がつけば俺は『傘に入れてほしい』と頼んでいた」

 そこで一旦言葉を区切ると、田島部長が私の目を覗き込んできた。


 ターコイズブルーの傘。


 私は彼の目を、そして彼の顔を凝視した。

「……なんの、話……ですか?」

「髪の長い綺麗な女の子だったよ。メイクをしていないのに、彼女の横顔はキラキラしてた。まぁ、見た瞬間から俺がその子に恋をしてしまったので、そう見えたのかもしれないけど」

 それから田島部長は首を少しだけ傾げた。


「覚えているでしょ? 雨の日に大学構内で傘に割り込んできた男のこと」


 返事のかわりにゴクリと喉が鳴る。

 脳裏には古い記憶の断片がよみがえっていた。

 それでもまだ私は確信を持てずにいる。
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