ラストランデヴー
 私の上司だった彼、田島晴樹は先月の異動で部長に昇進し、隣の小さな部署へ移った。

 松本雪菜は田島部長の新しいアシスタントで、私よりも5歳若い。そして英語と中国語が堪能だ。

 かわいらしい松本さんの様子を思い出して小さくため息をついた。

 若くて仕事ができる部下に、彼の心が動くのは当然のことかもしれない。30歳の私と25歳の松本さんなら、当然松本さんを選ぶだろうと私自身ですら思ってしまうから。

 田島部長は難しい顔をしながら「まぁ」と口を開く。

「10歳も離れていると世代が違うのを嫌というほど実感するよ」

「でも彼女、かわいいでしょう?」

「まぁね」

 部長が私から顔を背けて夜景を見る。やっぱり、と私は思った。

「よかったですね。かわいらしい部下と一緒で、お仕事も順調で、本当によかった」

「みどりはそんなことを言うために俺を呼び出したの?」

 その言葉に驚いて、部長の横顔をまじまじと見つめた。彼は迷惑そうな表情で夜の街を眺めている。

「そういうわけではないのですが……」

 私は動揺した。怒らせてしまったのだろうか。松本雪菜との親密さを指摘したのがよくなかったのかもしれない。

 だけど、どうせこの関係も今夜で終わるのだから、最後に嫌味のひとつくらいは言っておきたかった。

 それなのに彼の気分を害したとわかった途端、胸が張り裂けそうな痛みを感じ、今にも泣いてしまいそうだった。

 私の心は彼のそばにいると信じられないほど脆くなってしまう。

 彼の些細な表情の変化に敏感になり、彼が私に対して距離を置いたと思った瞬間、私はこの世のすべてから拒絶されたかのような、どうしようもない惨めさに支配される。

 彼に出会う前はこんなふうになる自分を想像もしなかったのに――。
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