ラストランデヴー
 気まずいことに私は田島課長と同じ電車だった。

 車内が混み合っているうちは無言でよかったのに、途中から人影がまばらになると居心地が悪くて仕方がない。

 何か話しかけるべきかと迷っているうちに隣から声がした。

「永岡さん、いくつ?」

「えっ?」

 突然年齢を尋ねられ、私は狼狽した。

「あ、ごめん。変な意味じゃないんだ」

「29ですけど」

 変な意味じゃないという田島課長の言葉には首を傾げてしまうが、隠すつもりもないので素直に返答する。

 課長は急に私の顔をまじまじと見つめてきた。

「俺が34ということは、5歳差……」

「そうですね」

 胸がドキドキして息が苦しかった。顔は勝手に赤くなる。

 ただ見つめられているだけなのに、私の心臓は壊れそうな勢いで早鐘を打ち、頭が真っ白になった。

 これほど綺麗な顔の男性に至近距離で見つめられたら、誰でも心が騒がしくなるはずだ。

「あの、何か……?」

 黙っていたら正気を失いそうだった。

 やっとの思いでそう口にすると、田島課長は口角を上げて微笑を作った。


 パン、と脳のどこかで何かが弾ける音――。


 その直後、わずかに掠れた声が聞こえてきた。

「君のこと、かわいいなって、ずっと思ってた」

 熱を帯びたその声の向こうに、不埒な欲望が見える。

 私は咄嗟に首を横に振った。

 子どもがイヤイヤをするような幼い仕草は、逆に媚を売っているようだと思ったが、やめることができない。わがままな女の私が目を覚ましたのだ。

 何もかも見透かしたような目をして、彼は私の手を握った。

 田島課長の手は燃えるように熱く、私はその熱情に抱かれて、彼の中で溶けてしまいたいと思った。
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